北欧の学校、夏休みに宿題なし でも学力が高い理由
スウェーデンから見る日本 高見幸子
教育への財政支出が、先進国の中でも非常に低い日本。人材こそ日本の財産なのに、ここをけちってどうするの?と思います。わが家は3人の子どもが公立の小学校に通っていますが、教科書の内容は私たちが子どもの頃よりも薄いと感じます。ゆとり教育に傾いたあまり、読み書き計算のトレーニング的なものが軽視され、一度さらりと授業で触れただけで終わり。優秀な子はそれで身につくのでしょうが、多くの子がそれでは足りない状況のままになっているように感じます。結果、教育熱心な家は子どもを塾に通わせ、足りない部分を補ってるのが私の実感です。
休みが多くてゆとりが多そうなスウェーデンですが、公教育、子どもの好奇心を養う教育、競争心の育み方はどうなっていますか?(35歳、会社員)
休みの多いスウェーデンの学校
スウェーデンの学校の授業時間数は741時間で、登校するのは178日間になります。土曜日は休みです。秋と春の2学期制で、春学期が終わる6月上旬から新学期が始まる8月中旬までの長い夏休みがあります。その間、宿題はありません。
そのほか、クリスマス休暇、スポーツ休暇、イースター休暇、秋休暇などがそれぞれ1週間ずつあります。日本の登校日数は、196~205日間ということなのでスウェーデンの学校の休みは20日以上も多いことになります。
スウェーデンでも、以前は、学校で知識の詰め込み教育を行っていました。1970年代から、子どもは、一人一人違うので、それぞれの生徒の学ぶプロセスと自主性を重視する教育にするべきだという議論が始まりました。
1994年、学校教育の大変革を行い、国はカリキュラムで目標だけを決め、それをどのように達成するかは、自治体と学校が決めるようになりました。今では、教師がどの科目も教壇で一方的に話をし、それを生徒が聞いて覚えるという形が少なくなり、学校でテーマを決めて、グループで取り組むような授業や、計算の練習や国語の読解などはそれぞれ自分のスピードでするという形が増えました。
このような教育方法は、教師が一人一人の生徒にかける時間をしっかりとらないと実現ができません。スウェーデンでは小学校の1クラスの生徒数は、平均24人です。そして、ほとんどの学校は、1クラスに1人以上の教師が教えており、教師1人あたり生徒は12.1人の割合になっています。
また、移民でスウェーデン語ができないなど、何かの理由で学習のスピードがかなり遅れる生徒のためには、クラスの教師以外にサポートする教師がいます。義務教育においては、補習授業を公が無料でしてくれるので、日本のように親がお金を出して塾に行かせる必要がないのです。
成績表も、子どもが競争しなくてもよいように中学校2年生からになっていました。ただし、近年、スウェーデンの学校の学力低下が問題となり、もっと早く成績表をもらうべきだという政府の考えで、今は、小学6年生からになっています。登校拒否が大きな問題にならないのは、このようにいたりつくせりでプレッシャーが少ない教育のおかげかもしれません。
教師の社会的ステータスがカギ
スウェーデンがこれだけ学校教育にお金をかけてきたにもかかわらず、OECDのPISA学力調査の結果を見ると、10年間で読解力は9位から19位に、数学的リテラシーが18位から27位に、科学的リテラシーとなると10位から29位にとガタ落ちしています。
日本は、落ちた、落ちたと言っていますが5位とか9位でトップ10内を行き来しているので、スウェーデンほど心配する必要がないと思います。スウェーデンでは、ほかの調査でも学力が落ちていることが明解になり、まず、成績表を6年生からにするという対策をとりました。しかし、競争をさせたら学力が上がるかというとそう簡単ではありません。
一方、スウェーデンと同じように学校の休みが長く同じような教育システムをとっているフィンランドは、国際比較において常に上位を確保しています。スウェーデンの教育関係者は、この理由を調査しました。
その結果、フィンランドでは、教師の社会的なステータスが高く、優秀な学生が教師を目指す点が違いとして明らかになりました。フィンランドでは、教師になりたい学生が多く、大学院で修士号を取得した人も多いといいます。
スウェーデンでは、教師の給与もステータスも高くなく、教育学部への志願者が少ない状況です。入学試験の合格基準が低くなり、数学や科学をしっかり教えられない人も教師になっているのが現状です。これを問題視した政府は、教師のステータスを上げる一つの対策として、教師の給与を上げるための補助金を自治体に提供すると発表しました。
もう一つの違いは、フィンランドでは教師の権限が大きい特徴があります。スウェーデンは、政治家が学校にかなり介入し、様々な要求をするので、教師が落ち着いて授業に集中できないと言います。フィンランドにぜひ学んでほしいものです。
競争心は遅かれ早かれできてくる
競争心は、国際的な競争社会に生きている限り、遅かれ早かれついてくると思います。スウェーデンの子どもが小学校の時によく遊んでいても、中学校で高校のコースを選択する段階で勉強をするようになります。大学に入るには、高校の成績表と入試のどちらかで入りますが、医者、弁護士、ジャーナリストになるための学部は大変狭い門です。
高校生くらいになり、動機づけができれば真剣に競争心を持ち勉強するようになります(もちろん、やる気のない子どもの問題は残りますが)。
また競争心は、学校の成績ではなく、スポーツでも養うことができます。スウェーデンでは、子どもの学校の成績を上げることに熱心な教育ママは少ないのですが、スポーツに熱心なママやパパは多いです。スポーツの選手の社会的なステータスが高いこともあると思います。
小さい時から国民に人気のあるサッカーやアイスホッケーなどのクラブに入れて、子どもたちがスポーツの才能を発揮できるように応援しています。スポーツによって、子どもによい意味で競争心が育つようになっていると思います。子どもの時に何らかのスポーツをしていた人の方が、大人になって目標を持って仕事をするという、最近の研究結果もあります。
民主主義の社会で自分の言動に責任が持てる大人に
スウェーデンの学校教育の目標は、子どもが心身ともバランスよく成長し、民主主義の価値観を理解し、社会で自分の言動に責任を持って生きることができる市民を育てることです。
そのため、大人の言うこと、マスメディアの言うことを鵜呑みにせず、子どもたちが批判的な視点で考えられるようにするのが教師の目標となります。
極端に言えば、暗算が上手になるより、社会の問題に関心を持ち、それについて自分の意見を持ち、議論ができる国民を求めていると言えるでしょう。そのため、学校の授業でも、生徒同士の話合い、ディスカッションが多いのがこちらの特徴だと思います。
若い人の失業率の高さが問題に
スウェーデンやフィンランドでは、休みが多く、ゆとりがある学校教育をしていますが経済的な国際競争に負けていません。しかしながら、新しい課題が出てきています。
それは、現在、若い人の失業率が非常に高くなってきていることです。
いくら勉強をしても失業するのではないか、と将来の不安と絶望感を持つ高校生が増えています。今の学校教育の課題は、激動する社会とその労働市場のニーズと学校教育がミスマッチを起こさず、生徒に将来の希望を持たせるような教育をすることだと思います。
子どもたちが、将来の社会でたくましく生きられるように、詰め込みで受験に必要な知識だけでなく、いろいろな人と協働する力や、地球温暖化や貧困問題のような難題を解くための知恵と創造性が育つ教育が、スウェーデンでも、日本でも、世界中の国で必要だと思います。
1974年よりスウェーデン在住。15年間、ストックホルムの基礎学校と高校で日本語教師を務める。1995年から、スウェーデンへの環境視察のコーデイネートや執筆活動等を通じてスウェーデンの環境保護などを日本に紹介。2000年から国際NGOナチュラルステップジャパンの代表。現在、顧問として企業、自治体の環境ファシリテーターとして活動中。共訳『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』(合同出版)など。
[ecomomサイト2013年7月9日付記事に加筆修正し再構成]
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