受話器の向こうから笑顔でおもてなし 老舗ホテルの極意
「ありがとうございます。帝国ホテルでございます」――。
東京・内幸町にある帝国ホテルの4階。昭和の雰囲気が漂う電話交換機が並ぶオペレーター室で、4人のスタッフが品のあるさわやかな声で着信を受ける。
「明るく元気に笑顔で接客」。その姿勢を磨くために自ら実践していることがある。彼女らが座る交換機の前に小さな鏡を置いているのだ。口角は上がっているか、目元は笑っているか。電話をとる前に一瞬鏡を見つめ表情を整えてから応対する。笑顔に込めた思いが声だけでも十分に伝わると信じて。
「オペレーターは声の玄関。第一声で帝国ホテルの印象が決まってしまうんです」。そう話すのはオペレーター歴25年の蛭田ひとみさん。顔が見えない接客には難しさがあるという。「不安な声はすぐに相手に伝わってしまう。表情は声に出るので堂々とした顔でいることが肝心」。たとえ数十秒の会話でも心からにじみ出る笑顔で、心地よい時間を提供できるようにと、身だしなみや職場環境にも気を使う。爪や髪は伸びていないか、化粧は濃すぎないか、同僚同士で毎日チェック。メンバーそろっての発声・滑舌のトレーニングも欠かさない。もちろん喉や体調管理にも気を使う。
電話案内役のオペレーターは、宿泊の予約やルームサービスなど、客の要望を聞き分け、瞬時に的確な部署に取り次いだり、自らが道案内などの質問に答えたりする。すべて女性で、29人が3交代制でシフトを組み、24時間365日業務をこなす。多いときには1日に1700件もの問い合わせを受けるという。着信から応対までの時間は1秒以内。お客さんを待たせない速さも心がける。
時には対応に苦慮する問い合わせも舞い込む。ご祝儀の金額の相談や結婚式の服装やマナーなど。また聞いたことのないビルの前から道案内を頼まれることも。それでも「わかりませんとは極力言わず、会話の中からヒントを引き出すように努力する」。中には「孫の夏休みの問題はどうやって解くのか」という質問もあり、返答に困るときには「手早く和やかに電話を終えることも大事」(蛭田さん)。
笑顔を心がけることで業務以外で良いことも。友達に「性格が明るくなったね」と言われ、「自信がついた」と話す20代のオペレーター。また蛭田さんは自然な笑顔が好評で、数百人の前で司会をするという大役を任されたこともある。小さな鏡の前で培った柔らかな表情と正しく美しい言葉遣い。インタビュー中も居心地の良さを感じた。
写真・文 小谷裕美
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