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元OLから「お百姓」に転身 作る喜び体で感じて

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パチパチ、パチ。薪(まき)ストーブが家を暖める。炭を七輪に移し、自分たちで作った米を土鍋で炊く。都会育ちの加藤敦美さん(29)。OLを辞め、農業を始めたばかりの智士さん(34)と1年半前に結婚し、ここ岐阜県白川町で暮らしている。昨年3月に長女・小春ちゃんが生まれた。冷え込んだ日の朝は、洗濯したばかりのおむつが干すそばから凍っていく。それでも山を見て澄んだ空気を吸うと「背筋が伸びて気持ちがいい」。

山林が9割を占める人口1万人ほどの小さな町。中心部から外れた山あいの集落に、敦美さんの家がある。目の前の田んぼで米、畑でトマトや枝豆などを育て、裏山でシイタケを作っている。取れた大豆からは味噌や豆腐を作る暮らしだ。毎日3食、家族そろって食事をし、午前10時と午後3時にお茶を飲む。小春ちゃんと稲、両方の成長を見ながら過ごしてきた。秋には約200キログラムの米を収穫。「これで生きていける」という安心感を2人は得た。

もともと、農業とは無縁だった敦美さん。名古屋市内で生まれ育ち、大学を卒業すると旅行会社に就職した。長時間労働と食生活の乱れから体調を崩し、1年半で退社。そのころ野菜中心の食事法「マクロビオティック」を知った。実践すると体調が回復。心機一転、人を癒やす食に関わる仕事を志し、専門学校で資格を取った。期待を胸に東京の自然食カフェで働き、自宅でクッキーを作って販売するお店も開いたが、東日本大震災で一時的な物不足を経験。都会での「消費生活」に疑問を感じ、今度は「自ら作る暮らし」に興味を抱き始めた。

地元に戻った敦美さん。名古屋市内で毎週開かれる「朝市村」に、有機野菜を買い求め顔を出していた。そこで出会ったのが智士さんだった。「やさしい目に引かれて」やがて結婚。2人でゼロから作る暮らしを目指した。高齢化と過疎化が進む白川町で、智士さんは消防団、敦美さんはお年寄りとのおしゃべりで地域になじむ努力をした。もらった野菜のお返しに、料理やお菓子を持って行った。敦美さんの「癒やしの味」は評判になり、公民館で料理教室を開くまでになった。

きかっけは昨年の夏。地元農家の女性が、がんで入院していた友人を見舞うため、敦美さんに体にやさしいお菓子作りを頼んだことだった。手術後で何も食べられなかった病人が「おいしい」と言いながらいくつも口に運んだ。この出来事から料理教室の開催をすすめられ、公民館の担当者に話を持ちかけ実現した。「野菜はやさしく洗って」「切る時は心を込めて」。敦美さんの指導に、「私なんかザクザク切るだけ」とベテラン主婦が笑いを誘う。

人をもてなし、話をするのが好きな敦美さん。公民館だけでなく、自宅で料理教室を開いたり、農家レストランとして料理を提供したりする仕事も少しずつ始めている。「おいしいご飯が食べたくて」と、東京でクッキーを売っていた時のお客さんが夜行バスに乗ってやって来たこともあった。「料理だけでなく、ここの風景や暮らしも全部味わってもらいたい」と敦美さん。特別なものは作らない。「私たちと同じ物を、同じように食べてほしい」。

「一番大切にしているのは子育てを中心にした家族の暮らし。それができる農業は最先端の仕事かも」。物があふれ、豊かな時代に育った敦美さんと智士さん。ゆったりとした時間の中で、収入は少なくても工夫して作る喜びを実感している。「『お百姓』とは何でもできる人を指す言葉」という敦美さん。「いろいろ試しながら、ゆっくりやります」と夫婦で口をそろえる。つかまり立ちを始めた小春ちゃんが歩き出すころには、野草が芽吹く春が来る。=写真・文 小園雅之

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