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曹洞宗の道元に傾倒

 鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元に傾倒している。

会社に入って何年目かに、先輩から『道元禅入門』(田里亦無著)という本を見せられたのが、道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』に出合うきっかけでした。

山口範雄味の素会長

山口範雄味の素会長

この大著の神髄は「現成公案(げんじょうこうあん)」の巻にあります。とても美しい文章ですが、内容は深く難解です。以来40年余り、私は折に触れてここに帰ってきます。解説書も数十冊読みました。

これほど引かれるのは、誰もが必ず直面する「死」という根源的な問題に答えてくれるからです。この世から自分がなくなることに、人は恐怖を覚えます。しかし道元は、死を恐れる「私」などそもそも無いというのです。

「現成公案」に「花は愛惜(あいじゃく)にちり 草は棄嫌(きけん)におふるのみなり」とあります。花は人に惜しまれようが、時がくれば散る。草も人に嫌がられても自然に伸びる。ところが人間は自分であれやこれやと迷う。

その「私」は、親との関係や何々会社の社員といったことで説明できますが、それらを取り除いてみれば、実は幻でしかない。身長何センチ、体重何キログラムの肉体といったところで、多くの細胞からできており、それは宇宙にある炭素や窒素などの集まりにすぎません。

また「生」が「死」につながっていると思うから怖いが、これも間違いだというのです。今の瞬間は、過去や未来とは関係ない。時は一瞬、一瞬の積み重ねにすぎず、春は春であって、冬が春になるのではない。「生」と「死」も同じで、生の延長として死を恐れるのは幻におびえるのと同じというわけです。

どこまでが生で、どこからが死と分けるのは、勝手な思い込みなのです。社会人生活が一段落して、いわば人生の第4コーナーを回った人には、こうした道元の思想はより身近に思えるのではないでしょうか。その境地を会得できれば、心安らかになります。

「『私』は無」の境地

「私」は無であり、一瞬一瞬が変化しているという思想を、前向きにとらえて生き方の指針にしている。

生命科学者の柳澤桂子さんが般若心経を独自に解釈した『生きて死ぬ智慧』(画・堀文子、小学館)を読むと、同じ思想なんです。

「お聞きなさい あなたも宇宙のなかで粒子でできています」。「あなたという実態はないのです あなたと宇宙は一つです」。「宇宙は一つづきですから 生じたということもなく なくなるということもありません」。原文では「是諸法空相 不生不滅」に相当します。

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