カウリスマキら高評価 日本勢受賞の可能性は…
カンヌ映画祭リポート2011(13)
にぎやかだった映画祭も2週目の半ばごろから、だんだん人が減っていく。商談を済ませた配給会社や製作会社の人々がどんどん引き揚げるからだ。金曜日にはマルシェのブースはほとんど店じまい。街は閑散としてくる。カンヌに残っているのは賞の発表を待つジャーナリストばかりとなる。
期間中ほぼ毎日発行される業界誌もだんだん薄くなるが、最終ページにコンペ作品の星取表が載っている。有力紙や有力誌の映画担当者10数人が5段階で評価するものだ。全20作品中18本が公式上映された21日朝の時点では、14~16作品しか星が付いていないが、賞の行方を占う1つの目安にはなる。
まず世界各国のメディアが評価を担当するスクリーンインターナショナル誌で星の平均値が最も高いのはアキ・カウリスマキの「ル・アーブル」。わずかな差でダルデンヌ兄弟「少年と自転車」(仮題)が追い、テレンス・マリック「ツリー・オブ・ライフ」とミシェル・ハザナヴィシウス「ジ・アーティスト」が続く。カウリスマキ、ダルデンヌ兄弟がまんべんなく高評価を得ているのに対し、マリックは評価が極端に分かれている。
一方、フランスの新聞・雑誌が星を付けるル・フィルム・フランセ誌では、マリック作品とダルデンヌ作品がトップで、カウリスマキ作品、ハザナヴィシウス作品、そしてナンニ・モレッティ「ハベムス・パパム」が続く。こちらも評価がほぼ一定のダルデンヌ兄弟に対し、マリックは最高評価「熱狂」と最低評価「全然ダメ」が混在する。
河瀬直美「朱花(はねづ)の月」と三池崇史「一命」は、個々の批評記事では好意的なものもあったが、残念ながら星の数は少なく、下位グループだ。ちなみにヒトラー擁護発言で映画祭会場から追放されたラース・フォン・トリアーの「メランコリア」はトップグループに次ぐ位置だが、絶賛と酷評が混在している。
有力紙ではル・フィガロ紙が21日朝に下馬評を掲載。パルムドールはマリック「ツリー・オブ・ライフ」、次席のグランプリはハザナヴィシウス「ジ・アーティスト」。男優賞に「ツリー・オブ・ライフ」のショーン・ペン、女優賞に「ウィ・ニード・トゥ・トーク・アバウト・ケビン」のティルダ・スウィントンを挙げた。また、リベラシオン紙は「一命」の批評記事の中で、主演の市川海老蔵について「自然な気品は男優賞に値する」と称賛した。
もっともこうした下馬評は各担当記者の作品評価であって、賞の予想ではない。現実の受賞結果は審査員の好みによって毎年大きく左右される。河瀬が「殯(もがり)の森」でグランプリを取った時も星取表の評価は目立たなかった。これで賞から遠ざかったと考えるのは早計だ。
日本ではあまり知られていないがカンヌ映画祭には短編のコンペティション部門もあり、21日に9本が公式上映された。現在は若い映画作家の登竜門として機能しており、「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督も短編部門でパルムドールを獲得し、飛躍のきっかけをつかんだ。今年は実に45年ぶりに日本人監督の作品が選ばれた。田崎恵美(めぐみ)監督「ふたつのウーテル」である。
田崎監督は1987年大阪生まれで、お茶の水女子大学に在学中。早稲田大学映画研究会に所属し、2007年から映画制作を始めた。出品作の前に短編2本、長編1本を発表しており、東京学生映画祭グランプリなど受賞経験も豊富だ。
「ふたつのウーテル」は離れて暮らす異母姉弟の物語。母親を亡くした姉が軽トラックで、別の女性と再婚した父親の家に乗りつけ、弟を連れ出す。あてのないドライブをしながら、2人の孤独な魂は時に反発し、時に寄りそう。田崎監督はしっかりしたカメラワークで、若い男女の心の揺れを繊細にとらえている。
題名の「ウーテル」は子宮の意味。田崎自身にも会ったことがない異母兄弟がいることが発想のきっかけになった。「大人になるってどういうことだろう?」というテーマは、これまでの作品でもずっと追ってきたものだ。
学費が払えず2年間大学を休学し、フリーターをしているころに、映画制作に興味をもって、早大映研に入った。「周りに役者を目指す人や表現をやっている人がいて、自分も何か作ってみようと思った。映画を撮ってみたら、思い通りのものができず、悔しくて、納得がいかなくて……。次をやらないと気がすまなかった」と振り返る。
子供のころは周囲に映画館もなく「BS放送でかかる昔の映画以外は、ほとんど映画を見ていなかった」。そんな彼女が映画作りにたちまちとりつかれたのは「人間と向き合い、人間のことを真剣に考えないと映画は撮れないとわかった」から。「教育学を専攻して人間に興味があったが、学問より映画を作っている方が、人間と向き合えると思った」という。
「カンヌは楽しい」という。「同じコンペに出している映画作家と会って、よしがんばろうという気になった」。インタビューが終わると、小柄な24歳は次の取材場所へとクロワゼット通りを駆けだして行った。
(編集委員 古賀重樹)
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