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オディアールの力強さ、ヴィンターベアの衝撃

カンヌ映画祭リポート2012(2)

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NIKKEI STYLE

5月17日。いよいよ本格的な上映が始まった。地元メディアの注目が集中したのはフランスのジャック・オディアール監督。「真夜中のピアニスト」など豊かな情感をたたえた犯罪映画を手がけ、「預言者」でカンヌのグランプリも射止めた60歳。この日上映されたコンペ作品「錆(さび)と骨」は前評判にたがわぬ力作だった。 

「動詞」で語る映画作家

主人公のアリ(マティアス・スーナールツ)は5歳の息子を抱えながら、職も金もない流れ者。そんな男が、水族館でシャチのトレーナーをしているステファニー(マリオン・コティヤール)と出会う。ステファニーは悲劇的な事故にあうが、2人は困難を乗り越えて、歩き出す。

男と女のドラマである。誠実だが、女の気持ちがわからない不器用な男。激しい気性を内に秘めた、たくましい女。オディアール作品らしく、賭けボクシングなど裏の世界も描かれるが、主調は激しく生きる男女の愛の物語だ。原作はカナダの作家クレイグ・デビッドソンの小説だが、舞台は南仏の港町になっている。

オディアールはすべてを「動詞」で語る映画作家だ。盗む、食べる、歩く、殴る、泳ぐ、背負う、抱きしめる、性交する……。たとえば波光きらめく海で、シャツを脱いで裸で泳ぎ出す女の美しさ。無防備なまでに肌をさらした女を背負う男のやさしさ。車を降りて歩いてくる女の義足のくるぶしのまぶしさ。

セリフで説明するのではなく、ひたすら人物の行為で語る。「リード・マイ・リップス」で、追い詰められた青年ヴァンサン・カッセルが送るサインを、恋人エマニュエル・ドゥヴォスが双眼鏡でのぞき、読唇術で読み取る場面もそうだった。オディアールの映画が恋愛を基調にしながら、甘ったるい感傷と無縁なのは、いわば形容詞を排し、ひたすら動詞で語る映画の文体による。

形容詞のない文章がきりりと引き締まっているように、動詞だけで語られる映画は筋肉質で力強い。そしてダイレクトに人間の生をわしづかみにするような力がある。

「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」で米アカデミー賞主演女優賞を手にし、今やフランスを代表する女優となったマリオン・コティヤールがいい。難役だが、ヒロインの内に秘めた激しさを見事に表現している。

ドキュメンタリーという原点

続いて強烈な問題作がコンペに登場した。オーストリアのウルリッヒ・ザイドル監督「パラダイス/愛」。ヨーロッパの中年女たちがアフリカのリゾート地で現地の若い男をあさる話である。

テレサは50歳で1児の母という平凡なオーストリア女性。体にはたっぷりと脂肪がついているが、ケニアのビーチに1人で旅する。映画は彼女が海辺で出会う現地の男たちとの援助交際を追う。「シュガーママ」と呼ばれる白人女たちは愛に飢え、「ビーチボーイズ」と呼ばれる若い黒人男たちは金に飢えている。

そのリアリズムがすごい。白人が優雅に遊ぶホテルやビーチ、黒人が住む貧しい家屋や町並みといった情景のリアリティーだけではない。片言の英語による女と男の駆け引きから、不釣り合いなカップルの密室での愛の交わし方まで。長回しのカメラがとらえた映像は、あたかも実況中継のように生々しい。

ザイドル監督の作品は1993年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で初めて見た。冷戦終結後のオーストリアとチェコ国境の村に取材したドキュメンタリー「予測された喪失」(92年)だ。オーストリアの男やもめが、安く嫁が手に入るということで、チェコで嫁探しをする話だ。経済格差、愛の幻想といった主題は、フィクションである新作にも通じる。その冷徹なカメラアイも。

18日の記者会見でザイドルは「私が表現したいのは孤立や孤独といった感情だ。この女性たちは国で必要とされる愛情を受けていない。映画では幸福への欲望を性を通して描いた」と語った。

コンペ外で上映された大物監督のドキュメンタリー2本も印象に残った。1つはトルコのファティ・アキン監督の「汚染された楽園」。トルコ北東部の小さな山村のゴミ問題を描いた作品だ。ドイツ在住のアキンは、国の方針に抗する首長や住民の立場から、祖国の環境破壊を憂う。酒場やコンサートで歌い演奏しながら陽気に環境保護を訴えるトルコ人たちの姿に、アキンの作品群に共通する郷愁がにじむ。

もう1つは一昨年のパルムドールを射止めたタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「メコン・ホテル」。公式プログラムにはドキュメンタリーとうたっているが、明らかに演出されたシーンが多く、フィクションといってもあながち間違いではない。

ラオスとの国境であるメコン川に面したホテルで男と女が語り合う。女の母親が戦争体験を語るさまなどはいかにもドキュメンタリーだが、どこかおかしい。女が臓物を食べ始め、男は輪廻(りんね)を語り出す。そもそも女は生きているのか?

ウィーラセタクンの映画を初めて見たのも山形だった。2001年に上映された「真昼の不思議な物体」はドキュメンタリーなのかフィクションなのかわからない怪作だった。ただ一昨年のパルムドール受賞作「ブンミおじさんの森」へと連なる時空を超えた世界が、ドキュメンタリーとフィクションのはざまで成立しているのは確かだ。

「メコン・ホテル」の湿った空気、曇った空、流れゆく川は現実そのものであり、その場所にしたたるような情感が映っている。そういう意味でこの作品はメコン・ホテルの現在を伝えるドキュメンタリーなのだろう。ザイドルも、ウィーラセタクンも、その原点はドキュメンタリーにある。

木下恵介のナラヤマに拍手

5月18日夜。クラシック部門で木下恵介監督の「楢山節考」(1958年)が上映された。木下監督の生誕100年を記念して松竹が制作したデジタル修復版だ。松竹はブラジル、中国、米国、豪州など世界各国での木下作品の回顧上映を計画しており、カンヌでの「楢山節考」上映はそのキックオフともいえる。

パレ5階のブニュエル劇場での上映前に映画史家でベルリン国際映画祭フォーラム部門の創設者でもあるウルリッヒ・グレゴール氏が登壇。58年にベネチア国際映画祭のコンペに出品された時にこの作品を見た同氏は「木下は疑うことなく小津、黒沢、溝口に並ぶ、偉大な日本の監督。彼の作品は1950年代から60年代に全盛をきわめた。日本を除き、今日では木下作品になじみがないかもしれないが、まさに再発見に値するだろう」と語った。

「楢山節考」は木下作品の中では極めて異色の実験作である。山村の物語を全編、セットで撮影。あえて舞台のような人工的なセットを組み、音楽も歌舞伎の浄瑠璃や長唄で構成。背景の幕が一瞬で落ちる振り落としや照明の暗転など舞台的な場面転換も取り入れた。人工的な様式美を持ち込むことで、生身の俳優の演技はかえって際立っている。姨捨(うばすて)の主題も明確に伝わる。

伊藤熹朔によるセットが色彩豊かだ。デジタル修復版はカラー導入期であった当時の発色の「渋み」も含めて再現。改めてその時代の実験精神を浮き立たせた。

58年のベネチア映画祭では共に日本から出品された稲垣浩監督「無法松の一生」に金獅子賞をさらわれ、無冠に終わった。木下の海外での知名度もいまだに低い。ただ83年に今村昌平監督「楢山節考」がカンヌでパルムドールを射止めたことで、ナラヤマの物語はカンヌの観客によく知られている。

ブニュエル劇場には約300人が詰めかけ、上映後に大きな拍手が起こった。

現代のうわさの恐怖描く「狩り」

5月20日。衝撃的な作品がコンペに登場した。トマス・ヴィンターベアの「狩り」だ。家族や社会の暗部をえぐるデンマークの俊英の新作は、前作「光のほうへ」以上に重く、現代社会を鋭く撃つものだった。

1人の男が、子供のちょっとしたうそから児童性愛の疑いをかけられる。保育園の保護者会での伝達を通して、小さな町の空気は一夜で変わり、男は村八分にされる。みなが遠巻きにひそひそ話をしている。園長も親友も信じてくれない。恋人は去っていく。食料品店ではものも売ってくれない……。

中世の魔女狩りの時代でもなければ、ファシズムの時代でもない。まぎれもなく現代の物語である。しかも、どこにでもある平凡な町の出来事だ。穏やかで親切だった人々が、何の前触れもなく、迫害者に転じる。そうした人間の集団心理の恐怖は、時代を経ても少しも変わっていない。そう思わせる怖さがある。

ヴィンターベアはラース・フォン・トリアーらと共に1990年代のデンマークの若手監督たちの映画運動「ドグマ95」を主導した1人。ロケーションの重視、手持ちカメラの使用、照明や効果音の排除などで、90年代の独立系映画にリアリズムをもたらしたドグマだが、現在ではそれぞれの監督が独自の道を切り開いている。

天才的な映像感覚でモラルの極限や世界の終末を描くトリアー、心の機微をリアルにとらえる家族劇を作り続けるスザンヌ・ベア、ハリウッドで切れ味いい犯罪映画を撮ったニコラス・ウィンディング・レフン。ヴィンターベアはいったんハリウッドに渡ったが、2000年代後半にデンマークに戻り、「光のほうへ」など足元の社会や家族を見つめる力作を撮っている。

「この映画は情報がウィルスのように素早く広がる村の小宇宙にある。インターネットを通して世界はうわさに満ちた小さな村となった」。記者会見でヴィンターベアはそう語った。

介護の重さ凝視するハネケ

「白いリボン」でパルムドールを射止めたオーストリアの巨匠ミヒャエル・ハネケもこの日、登場した。新作「アムール」は入院を拒む老妻を自宅で1人で介護する老人の物語。老老介護という高齢化社会の普遍的な題材を、ハネケらしく冷徹に凝視する。

老夫婦はともに音楽の教師で、パリのアパルトマンで暮らす裕福なインテリである。死に向かう妻への夫の愛は大きい。その大きさゆえに、周囲との折り合いが少しずつとれなくなってくる。そこらあたりはハネケらしい視点である。医療や福祉に象徴される社会システムは、現代人の孤独をいやせるだろうか?

カメラはほとんどアパートから出ない。音楽も一切なく、室内の物音しか聞こえない。そんな閉ざされた空間の中で、老夫婦の営みをひたすら凝視する。そして、画面の背後にある現代社会の不毛を浮き立たせる。

「男と女」のジャン=ルイ・トランティニャンが巨匠の申し出に応じて、80歳を超えて久々にスクリーンに戻ってきた。記者会見でハネケは「シンプルな作品を作れたことに満足している」と語った。

(編集委員 古賀重樹)

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