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3つ星スイーツ

2012/9/6

3つ星スイーツ

●ちなみに――イギリス風の茶わん蒸しが原型

何個でも食べたくなる名店のプリン

手軽なおやつとして日本人に愛されているプリンだが、もともとは甘いデザートではなく、イギリス生まれの料理の一種だった。

1588年にスペインの無敵艦隊を破り、海洋国家への道を歩み始めたイギリス。航海では食料問題にいつも悩まされていた。積み込める量には限界があり、食料は少しも無駄にできない。そこで、肉の切れ端やパンくずなどの食材をぶち込んで卵で蒸し焼きにしたところ、茶わん蒸しのような料理ができあがった。これがプリンの元になった「プディング」だ。甘いデザートなどに派生し、現在のカスタード・プディングも生まれた。

プディングが日本に伝わったのは、江戸時代後期から明治時代にかけてと考えられている。プティングは日本人には「プリン」と聞き取られたようで、明治の料理本には既にプリンと記載されている。一般家庭への普及には、1964年に発売されたハウス食品の粉末状プリンのもと「プリンミクス」の影響が大きい。お湯で簡単に作れるため、おやつとして重宝された。同品はアレルギー対応で卵を使用しないなど、改良を重ねながら現在も販売されており、プリン人気の息の長さがうかがえる。

●記者のひと言――子どものころの夢がかなった!

日本に伝わったのは江戸後期から明治にかけてという

小学校時代、給食に出るプリンが楽しみで仕方がなかった。欠席者がいて余ったときは常に2個目を狙ったものだ。ただ、通っていた小学校では早く食べ終えた者からおかわりできるルールで、好き嫌いが多く食べるのが遅かった記者はありつけなかった。「大人になったらプリンをいっぱい食べてやる」と誓ったものだ。

20年以上の月日が流れ、今回の試食会で子どもの頃の夢をかなえることができた。喜ばしい半面、摂取カロリーが頭をよぎる。タプタプしたおなかをさすりながら、どんなに食べても太らなかった少年時代を思い起こし、一抹の寂しさも感じた。

(田中裕介)

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●「日経スイーツ選定委員会」とは

専門委員と日経記者で構成。専門委員は豊富な経験に基づいた通らしい視点で、記者はビジネスパーソンとしての素直な視点で評価。まず、専門委員の意見を参考に書類に基づく第1次審査を実施し、10商品を候補に選定。次に、厳選された10商品を実際に全員で食べ比べ、専門委員の意見を中心に合議制で「3つ星」「2つ星」「1つ星」を決める。

●専門委員の横顔(五十音順)

下井美奈子さん

1973年生まれ。実家の母が菓子教室講師ということから、子どもの頃からスイーツの食べ歩きや菓子作りを行う。一般企業を退職した後、パリの料理学校「リッツ・エスコフィエ」で料理・製菓の資格取得。またパリの製菓料理学校「ル・コルドン・ブルー」「ルノートル」で学び、2年間のロサンゼルス在住中にも各国の製菓・料理を習得。情報サイト「オールアバウト」では立ち上げの2001年から、スイーツガイドを担当。多数のメディアで洋菓子情報を紹介するほか、商品開発、レシピ提供を行うスイーツコーディネーターも務める。共著に「TOKYO美食パラダイス」など。

下園昌江さん

1974年生まれ。大学卒業後、専門学校やパティスリーで製菓の技術や理論を学んでおり、製法にも詳しい。お菓子の食べ歩き歴は15年。近年は特にフランス菓子に力を入れ、フランスを巡るツアーや焼き菓子を中心としたお菓子教室も開催。監修本に「とびきりスイーツ見つけた!」。ウェブサイト「Sweet Cafe(スイートカフェ)」主宰。

平岩理緒さん

1975年生まれ。小学生のとき、訪れたデパートでスイーツの魅力に目覚める。大学卒業後、食品会社のマーケティングに携わる。2002年、テレビ東京の番組「TVチャンピオン」デパ地下選手権での優勝を機に、食の情報発信を本格化。退社後はフリーのフードコーディネーターとして活躍中。月に食べるお菓子は100種類以上。和菓子店での勤務経験もあり、和、洋菓子全般に詳しい。著書に「アフター6のスイーツマニア」(マーブルトロン)。コミュニティーサイト「幸せのケーキ共和国」主宰。