ケーキはアートじゃない 「星の数」No1パティシエの思い
リリエンベルグ・横溝春雄氏インタビュー
今週の3つ星スイーツは2010年3月にスタート。これまで3年間に、リリエンベルグはショートケーキの「いちごのケーキ」が2度3つ星に輝いたほか、9~10種類の焼き菓子を詰め合わせた「ミックスクッキー」でも3つ星を獲得。さらに「さくらのムース」と「ナポレンオンパイ」(イチゴのミルフィーユ)、「ミルヒ」(杏仁豆腐)で2つ星、「スイートポテト」で1つ星をそれぞれ取っている。星の数は合わせて16と、この連載で取り上げた店では群を抜いて多い。
――リリエンベルグの店主としてこだわっていることは何か。
「ケーキは決してアートじゃない。子どもから大人まで、誰もが食べたときに温かみを感じてくれるような菓子を作りたいと、40歳で独立して以来、思い続けている。何より心がけているのは素材の味を大切にすること。イチゴ、マンゴー、ラフランスなど北海道から沖縄まで十数軒の農家と直接契約している。農家が届けてくれる新鮮な食材をなるべく早く使い切る」
「例えば『モンブラン』は、収穫したての栗をその日のうちにシロップ煮とマロンペーストに下ごしらえする。普通、モンブランはバニラエッセンスや洋酒などで香りを付ける店が多いが、うちは一切入れない。栗が新鮮だから必要ない。看板メニュー『ザッハトルテ』や『ミルヒ』に使う長野産のアンズも特別な食材。開店当初、中国産のアンズを使っていたこともあったが、長野県産のものに出合い驚いた。実も種も香りが豊かで、中国産と比べて配合量が3分の1から4分の1で十分だし、香料やエッセンスも必要ない」
「こういう食材を届けてくれる農家のおかげで、うちのケーキができる。だから農家と一旦契約したら、浮気はしない。付き合いが長いからこそ、いつもいい食材を届けてくれている」
――ザッハトルテで世界的に有名なウィーンの洋菓子店「デメル」で、日本人として初めて修業した。
「実を言えば、本場のザッハトルテはおいしくなかった。神田にあった洋菓子店『エスワイル』で5年間修業した後、親方に紹介状を書いてもらい、本場へ。まずスイスやドイツで3年間、その後、ウィーンの『デメル』で2年間修業した。伝統あるお店だが、ザッハトルテは甘すぎるし、食感も重い。伝統を守ることはいいことだし、現地の味を学べたことはとてもいい経験だった。でも、帰国してウィーン菓子を作るときは、自分がおいしく感じるザッハトルテを作りたいと思った。うちの店のザッハトルテは基本の配合はデメルと同じ。でもメレンゲの混ぜ方を変えたり、グラニュー糖を粉砂糖に変えるなど自分なりの工夫で、ふんわり軽い食感に仕上げている」
――ほかのパティシエとあなたは何がちがうのか。
「ケーキ屋さんは誰でもプライドを持っている。『俺のケーキが一番』とどの職人も思っている。腕が良く、いい材料を使っている職人は確かに多い。ただ、誰でもできそうで実際はとても難しいのが、作りたてを売り続けることだ。私はシュークリームもショートケーキでも全部、朝に焼いたものをその日のうちに売り切るようにしている。クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子も、製造日から5日以内で売る。作りたてをすぐ提供できることが、リリエンベルグの大きな武器だと思っている」
――遠方からわざわざ来店するファンも多い。新しい店は出さないのか。
「事業拡大には興味がない。5月に1週間、8月に2週間以上、お正月も1週間休む。今度の連休明けも、40人前後でスペインに社員旅行に行く。一番大切なのは一緒に働く人々の輪。店舗数を増やしたら、それができなくなってしまう」
「それに、リリエンベルグの生ケーキや焼き菓子は冷凍しない。年中無休の百貨店に出店したら、できたてをすぐ届けるという自分たちの信念を貫き通せなくなる可能性もある」
――やはりスイーツで一番大事なのは味か。
「そうは思っていない。菓子はおいしいだけじゃ売れない。おいしいのは最低限。そのために最大限の努力はする。でも、本当の勝負はそこから気持ちをどれだけ入れ込めるかだ。繁盛している店には接客やラッピングなど様々な魅力がある。味は魅力の一つにすぎないと思っている」
「当店は売上高に占める焼き菓子の割合が6割から7割ある。ギフト需要に応えることが繁盛の秘訣といえる。立地は便利と言えないが、口コミで評判が広がり、全国から宅急便でギフトの注文が舞い込むようになった。ギフト商品は贈る人よりいただく人の気持ちになって作っている。例えば焼き菓子の詰め合わせの場合、箱の中に隙間を作らずぎっしり詰める。底上げをしたり、仕切りを作れば菓子の分量が少なくても、箱を立派に見せられるかもしれない。でも、もらって本当にうれしいギフトはそういうものではないだろう。包装のリボンは常時60~70種類を使っている。様々なバリエーションのラッピングを季節ごとに用意している」
――日本のスイーツの今後をどうみているか。
「若手のレベルがずいぶん上がってきた。フランスで開かれる菓子の世界大会『クープ・デュ・モンド』で日本の人材はいつも3位までには入る実力があると確信している。いろいろなコンテストで受賞するために、多くのパティシエが懸命に技術を磨いている。リリエンベルグの若手も店の閉店後に練習をしている」
「世間の人にはパティシエは華やかな職業に見えるかもしれないが、やはり厳しい世界だ。1日の勤務時間は12時間なら短い方。それでいて手取り収入は15万~16万円ということが少なくない。いろいろなシェフから学ぶため修業先を移っていくが、中には社会保険などが十分に整っていない職場もある。私も修業時代を振り返ると、苦しい思いしかなかった。成功するにはその店の弟子のトップになり管理職になるか、独立するか。その2つしか道はない。リリエンベルグは若手を育て、いずれは感謝されるような店にしたいと、いつも思っている」
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