表は日本航空の歴代CA制服の変遷である(写真は同社提供)。CA1期生15人が入社した51年の1代目から、昨年に導入された10代目まで。様々に変化してきたのが分かる。
高度成長期にスカート丈が一気に短く
1代目は「DC―3」による試験飛行に間に合わせるために作られたシルバーグレーの制服。スカートはひざ下15センチで小さなスリットが入っていた。2代目は初の国際線開設、3代目は初のジェット機「DC―8」の就航に合わせて導入された制服。どれもカッチリしたいかにも制服らしいデザインだが、スカートの丈に注目すると、時代を追うごとに丈が短くなっている様子がうかがえる。
67年の世界一周路線開設に合わせて導入されたのが森英恵さんがデザインした4代目。東京五輪を経て、日本人の生活水準が急速に向上。カラーテレビ、クーラー、自動車の「新・三種の神器」が一般家庭にも普及。日本は大量消費社会へと突入した。そして、大阪万博の70年にデザインした5代目でひざ上8センチの大胆なミニスカートが採用される。景気の高まりに合わせてスカート丈の短さもこの時代に1つのピークを迎えた。
70年はジャンボ機が導入され、庶民の「高根の花」だった海外旅行が徐々に身近になってきた時代でもあった。そもそもミニスカートは英国人デザイナー、マリー・クワントらの発想で人気に火が付き、60年代後半には世界中でブームになっていた。その世界的な潮流をCAの制服にも取り入れた格好だ。だが、第1次石油危機が起きる73年ごろにはブームが去り、ロングスカートやパンタロンが流行する「冬の時代」へと移る。
石油危機でロングへ、バブル崩壊後は節約志向に
6代目も森英恵さんのデザインだが、スカートの丈はかなり長め。この制服は、テレビドラマ「スチュワーデス物語」でCA訓練生を演じた堀ちえみさんが着用していたので、覚えている方も少なくないだろう。使いやすさをよく考えたデザインでCAからも好評だったようだ。
7代目はバブル期らしく肩がカッチリと張り出したダブルのスーツ。ちまたの女性たちは「ボディコン・ワンレン」で超ミニスカートをはくのがはやりだったが、CAの制服ではスカート丈を長めにまとめたようだ。やがてバブルが崩壊。不良債権処理に苦しみ、日本経済が長いトンネルに入る。8代目以降は帽子が廃止され、9代目には制服の素材をリサイクルする制度が導入されるなど節約志向が高まった。デザインもかなりシンプル。2000年代以降は世界的にも手ごろな価格の「ファストファッション」が勢いを増してきた時代だ。そして現在にいたる。
以上がJALのCA制服の大まかな変遷である。