「『和を以て貴しとなす』の聖徳太子には議論も波風立てずにという印象を持っていたが、続く部分も読み合わせると、納得いくまで話し合うことを否定はしていないなあ」――。11月下旬、東京・大手町のオフィスビルで開かれた三井物産の研修。24人が5班に分かれて講義に臨んでいた。手元のテキストをみると「十七条の憲法」「元寇(げんこう)」など企業研修らしからぬ項目が並ぶ。
判断軸の基礎に
テーマは「日本の歴史~海外とのつながりから」。共立女子大学の堀新教授が、厳しい世界情勢に当時の日本人がどう向き合ったか、最新の研究成果を交えて紹介。話を聞くだけで終わらないよう、グループ討論もはさむ。丸1日の研修の最後には堀教授が「日本人・企業に今求められることは何か」と問いかけた。
「元寇の時の元からの国書が友好と威嚇と硬軟織り交ぜた内容だったとは」と驚く花田秀一さん(35)は、レアメタルを扱う金属資源本部に勤務。海外取引先との接点が多く、よく話題になる日本の歴史や文化に関する知識の必要性を肌で感じて応募した。「普段当然だと思っていることが実は違っていると気付く機会になった。仕事でも思い込みを疑うとか情報収集や検証のプロセスを見直すのに役立ちそうだ」と話す。
講座は社員が自ら興味のあるテーマを選んで受講できる「物産アカデミー」に今年度から取り入れたリベラルアーツ研修のひとつ。論語をきっかけに古典や歴史の教訓を学ぶものや、異文化理解の第一歩としての「宗教を見る目」など計5講座に、初年度ながら定員(20~30人)の1.5倍の希望者が集まった。
研修を担当する中江紳さんは「キーワードはグローバル化。海外で文化の違う相手と接する社員は多様な価値観に柔軟に対応しつつも、自分なりの判断の軸が必要になる。リベラルアーツでその基礎が身に付くと考えた」と話す。
世界市場で戦うメーカーでも導入例が増えている。代表格は2008年に始めた東芝。入社5年目から20年目まで5年ごとの研修で、計600人近い推薦・選抜社員が受ける。10年目以降は1、2泊の合宿。20年目研修では夏目漱石や紫式部、プラトン、カントまで幅広い分野の文献をひもとき、リーダーとしての素養を磨く機会にしている。
役職を問わずに受けられる「伊勢神宮と出雲大社にみる神社の歴史と日本文化」などの公開研修も年2回企画。米国では現地出身トップ向けのコースを用意し、欧州でも導入を検討中だ。人事・総務部の木村教孝さんは「相手の立場を理解し、多様な価値観を認める豊かな教養がビジネスの基本という考え方は変わらない。今後も続けていく」と説明する。