向田邦子 「お気に入り」探し続けてヒロインは強し(木内昇)

向田邦子の随筆に「手袋をさがす」(『夜中の薔薇』所収)という一編がある。気に入った手袋が見つからず、といってほどほどのもので妥協するのは嫌で、ひと冬を手袋なしで過ごす話だ。あるとき会社の上司に、君のやっていることは手袋だけのことではないかもしれない、と諭される。「男ならいい。だが女はいけない。そんなことでは女の幸せを取り逃がすよ」。二十二歳だった彼女はハッとして、ないものねだりの高のぞみという自分の性格と向き合う。そしてひとつの結論に至る。ならばその嫌なところとつきあおう、ここで妥協して手頃な手袋で我慢をしたところで、結局は気に入らなければはめないのだ、と。

■テレビ脚本などで活躍  1929~81年。実践女子専門学校卒業後、財政文化社を経て雄鶏社に勤め「映画ストーリー」編集部に配属。ラジオ「森繁の重役読本」で注目され、テレビへと活躍の場を広げる。「阿修羅のごとく」「あ・うん」など名作多数。45歳のとき乳癌を患い手術。テレビの仕事を休む間に、とはじめたエッセイ連載が高く評価され、小説も書くように。50歳で直木賞受賞。が、その翌年、台湾旅行中に飛行機事故で逝去。

編集者として出版社に勤め、そのかたわらフリーライターとして原稿を書き、会社を辞めたのちはラジオやテレビの脚本家として活躍。さらにはエッセイや小説を手掛け、直木賞受賞というその年譜を見ていると、もっと面白いことはないか、ふさわしい仕事はないかと走り続けた人生が浮かび上がる。

サバサバとしてユーモアがあり、気さくな性格。流行は追わないけれど自分に似合う服を仕立て、骨董や書画を愛し、おいしいものには目がなくて、大好きな猫と青山のマンションに暮らし、たくさんの友人に囲まれている。料理上手のもてなし上手なのに、部屋は少々散らかっていたり、あれほど秀でた脚本を書くのに、ギリギリまで仕事せず〆切に遅れがちだったりと、人間くさい愛嬌もある。媚びはしないが、生来の茶目っ気が人を惹き付けてやまなかったのだろう。 

豊かで楽しそうな日々。が、先の随筆で「四十を半ば過ぎたというのに結婚もせず、テレビ・ドラマ作家という安定性のない虚業についている私です」と書いている通り、女ひとり、筆一本で渡っていく中には辛いこと、心細いこともあったろう。出版社時代の同僚、上野たま子さんとの電話では、「やはり人間は、男に働いてもらうのが一番よ」と気弱なことを漏らしている。友人のデザイナー、植田いつ子さんとは「女の人は年をとっていくと、いやなものがでてくる。そんなときは『おかしいよ』と互いに言い合おう」と話したという。でも彼女は、自分の苦労を言い立てはしなかった。あれほどの美人だから恋愛もあったろうが親しい人にも秘した。好奇心のままにやりたいことを追いかけながらも、自分への客観視と品格を失わなかった人なのだ。だから周りにも細やかな気配りができたし、なにより優しかった。

働く独身女性は、ともすれば頑なだ、ギスギスしていると、身上に結びつけて評価されることがある。でも私の知る限り、独身でほんわかした人もいれば、既婚子持ちで殺伐とした人もいる。環境によって優先順位に違いの出ることはあるだろう。が、要はその個人が自分の手に合った手袋をはめているか、またはそれを探そうと努めているかが、たたずまいに大きく影響する気がしている。

[日本経済新聞朝刊女性面2013年8月31日付]

木内 昇(きうち・のぼり) 67年東京生まれ。作家。著書に「茗荷谷の猫」「漂砂のうたう」(直木賞)「笑い三年、泣き三月。」「ある男」など。

※「ヒロインは強し」では、直木賞作家の木内昇氏が歴史上の女性にフォーカス。男社会で奮闘した女性たちの葛藤を軽妙に描きます。