夫も上司も「教育」 多様化する女性向け企業研修
両立支援から活躍支援へ
「夫婦だけでは家事の分担について冷静に話せない。言いたいことを会社が代弁してくれた」と大成建設東京支店に勤める小松祥子さん(32)は満足そうだ。出版社勤務の夫、大輔さん(32)と昨年秋、同社が社員を対象に開いた仕事と生活の両立に関する夫婦同伴セミナーに参加した。
セミナーの目的は夫の意識改革。大輔さんは、共働きを続ける場合と妻が辞めた場合の生涯の世帯年収の試算を講師から聞き「共働きのメリットを改めて感じた」という。将来の育児で妻にかかる負担も知り「毎日のちょっとした家事を自分がやれば、妻が働きやすくなることがわかった」と、掃除などに取り組む。
「女性が積極的に仕事を続けるには夫の協力が不可欠」。人事部の塩入徹弥室長は2012年9月にセミナーを始めた狙いを語る。企業が社員の私生活に立ち入ることには賛否両論ある。ただ日本では「家事や育児は女性の仕事」と考える夫は少なくない。その意識を変えることが女性のキャリア形成に必要、との考えが企業にはある。
工夫は夫への働き掛けにとどまらない。女性管理職育成の研修を、社員が若いうちから行っている。12年度から本格的に始めた「次世代リーダー育成研修」は入社5~7年目の女性から選抜し、指導する。管理職育成研修は同社では通常13年目前後の社員が対象。だが女性はその前に結婚や出産でキャリアが途切れる人も多い。「早期に研修をして、責任ある役割を担える人材を育てたい」(塩入室長)
研修を受けた名古屋支店の春日井沙千恵さん(30)は「会社の期待を感じた。将来も建設現場の前線で頑張れるかなという気持ちになった」と話す。管理職育成を目的に入社数年目の女性から少数を選抜、研修している例は少ない。
住友生命保険も、育休中で復職を目指す女性社員と、育児中の社員が交流する昼食会を10年から年2回開いていて、男性社員も参加する。「育児と仕事を両立することのやりがいと大変さを男性が理解しないと、本当の意味で女性が働きやすい職場にならない」(相川恵美人事室担当室長)との考えからだ。
営業人事室の湯浅元さん(30)は、社内婚で育休中の妻、生後11カ月の娘と一緒にランチ会に参加した。平日は妻に育児を任せきりで、妻の抱える悩みは分からない。「食器の消毒に気を遣いすぎなくてもいいことなど、『先輩』にアドバイスをもらった。子育ての不安を妻と共有する自信が出てきた」と話す。
女性のキャリアを支援する研修が多様化していることについて、企業の女性活用に詳しい法政大学の武石恵美子教授は「家庭と仕事の『両立支援』から、キャリアアップなどを促す『活躍支援』が主体になった」と解説する。
多くの大企業は、女性の退職を防ぐため10年ごろまでに産休・育休制度を整備して利用を促してきた。定着とともに復帰者は急増したが、そうした女性社員に、企業にとって有益な人材として活躍し続けてもらえなければ意味がない。このため企業は「女性に積極的なキャリア形成を促すアプローチが必要になった」(武石教授)。
日本経済団体連合会が13年に公表した女性活躍支援に対する企業の取り組みの調査結果でも、5割を超える企業がキャリア支援に関する研修を実施している。ただ、現実には周囲の理解や協力がなく、女性の努力が空回りしていることも多い。武石教授は「夫や上司、同僚などを巻き込む研修が必要」と指摘する。
損害保険ジャパンは24日、社員を対象に「育休者フォーラム」を開いた。東京・新宿の本社内に、14年度中に復帰予定の女性社員とその上司、約120組がずらりと並んだ。なぜ出産後も働き続けたいのか、仕事のスキルを高めるには何が必要か。互いに意見を交わし、認識を共有する。
同社は10年度から上司の研修参加を義務づけた。女性がただ働くだけでなくキャリアアップするには、本人の意欲や環境に見合った仕事を任せるのが重要との考えからだ。海外旅行サービスセンター課の安川泰祐課長は、約60人の部下のうち3人が産休・育休中の女性。「軽すぎず重すぎない仕事を割り振るのは難しい。普段から部下とコミュニケーションを取るのが大事だと気付いた」と話す。
一連の取り組みが女性の意識向上に結びつく成果も出ている。04年に両立支援セミナーを開始した大日本印刷は、当初は育休の復帰者だけだった対象を、出産前の人、夫などの配偶者や、3歳までの子どもを持つ男女社員などに順次広げてきた。また入社年次の若い女性社員と上司が一緒に受ける研修も開催するなど、女性の活躍支援の体制を総合的に整備している。
2人の育児をしながら半導体製造の関連技術開発に携わる谷絢子さん(33)は、そうした研修を受講してきたことで「単に職場復帰するだけでなく、長く働き続けるために何をすべきか考えるようになった」と話す。13年4月に短時間勤務から通常勤務に戻り、社内で指導的役割を担うメンター育成制度に参加した。「自分の経験を後輩社員の指導に生かしていきたい」。他部署の幹部社員と面談して視野を広げ、社内での人脈作りも始めている。
谷さんは「背中は上司と夫が押してくれた」と打ち明ける。今後は多様化する研修の真価が問われることになりそうだ。
(西村絵、赤尾朋子)
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