素肌メークは「すし屋理論」で
メークアップアーティスト、吉川康雄さん
■美しさは一人ひとり違う
吉川さんは35歳で渡米して以来ニューヨーク住まい。「VOGUE(ヴォーグ)」「ELLE(エル)」といったファッション誌で活躍し、著名人からの指名は数知れず。「つや肌」をはじめとする独自の化粧理論と親しみやすい人柄で、モデルやファッション関係者の心をつかんできた。
アーティストといっても吉川さんの好きな「顔」を再現するわけではない。「その人が一番きれいになるメークを探す」。美しさは一人ひとり違う。「どんなに吉永小百合さんの顔が好きでも小百合さんにはなれない。他人になろうとするとつらいだけ」。人まねはタブー。吉川理論のベースだ。
セミナーの前半は雑誌の表紙にまつわるエピソードを披露した。粉っぽいお化粧が全盛だった1995年に挑んだ「つや肌」、色をほとんど使わない「洗練された素顔メーク」、日焼けした身体に合わせてつくり込んだ顔など、いずれも、完璧に仕上がった美しい肌が印象的なグラビアばかりだ。
■厚塗りのクリントンさん、15分で劇的に変身
TIME誌の表紙の仕事で上院議員時代のヒラリー・クリントンさんにメークした時は、「できる政治家メークばかりの彼女だから、あえて艶っぽい雰囲気を出してみたかった」。厚塗りの仮面のようなメークで登場したクリントンさんが、わずか15分で劇的に変身。やわらかな表情になったメークを気に入ったクリントンさんはその後、吉川さんをたびたび指名した。あるテレビの撮影では手鏡をのぞきながらこう満足の声を上げたという。
「ヤスオ、きれい。ありがとう」
「少女のように喜んでいた表情が忘れられない」と吉川さん。「女性はどんなすごい人でも、自分がきれいだなって思えた瞬間に、うれしいというストレートな気持ちが出てくるんですね。年齢を重ねれば悩みも出るし、隠したいところもたくさんある。でも、隠した感じがしないうまい隠し方をする。それが僕がメークで目指したいことかな」
■「てかり」も味方に
いよいよモデルさんに夏の流行色「ターコイズ」を使ったメークをするデモンストレーションだ。まずは肌づくりの準備。最初のポイント、ファンデーションの選び方を説明するため、突然モデルさんの顔をぱっと隠す。「どこの肌が印象的? デコルテですよね」。ファンデーションの色はデコルテの肌色に合わせる。そうすればファンデーションが肌に美しく同化し、「究極の素肌メーク」への一歩が踏み出せるのだという。
数多くのファンデーションがあるなかで、「粉っぽい仕上がりになるものを避ける」のが鉄則だ。メークには「粉っぽい=厚塗りに見える」という法則がある。
長年、吉川さんが研究しているのが、自然な皮膚が持つつやを出した「つや肌」。つやといえば皮脂の浮いたような「てかり」を想像してしまうが、吉川さんによれば「一緒です」。適度なつやは「若々しく見せ、立体感を強調してくれる」ため、忌み嫌ってはいけない。自分の好きなつやが出るようなファンデーションを見つけること。そして化粧品は常につけすぎない。「顔色のトーンを上げたいなら少し明るい下地で補正し、ファンデーションは薄めに」
■理想の"素"は「起きがけ」のうす化粧
「テレビで女優さんが演じる、起きがけのシーン。必ずうっすらと化粧しているでしょう。目指すはこれ」。肌のかぶれを隠し、まゆを軽く描き、唇はほんのりピンク。これが吉川さんの思い描く理想の"素"の状態だ。「女性はどんな時でもここまではやってほしい」。思わずドキッとする。
肌づくりでは、アラを隠すお助け化粧品、コンシーラーも上手に使おう。目の下のクマ、鼻の周りの赤み、シミなど隠したいところに、ブラシを垂直に立てて毛穴の中に入るように置き、指でなじませる。「クマを隠すのは暗いところだけ。シミも軽くぼかすだけにして」。広い面積に塗ると明度が上がって白浮きし、「かえって目立ってしまいます」。大きくうなずく参加者。
美しく色を乗せたいまぶたの上も要注意だ。「動きがある所だけに、あれこれ塗るとごわごわする」ため、極力塗るものを減らす。まぶたの色の"沈み"は、アイシャドーを塗ればカバーできる。
■すし屋のカウンターで映える美しさ意識
このあたりで、モデルさんの顔がデコルテの色に近づき、ぐっと美しさが増してきた。手を入れるごとに素肌のようになっていく不思議。「これで、おすし屋さんの至近距離に堪えられる顔になります」
素肌っぽい美しさを目指す吉川さんが唱える「すし屋理論」とは、こういうことだ。すし屋のカウンターで2人並んだときの近さで、男性が「かわいい」と思えるメークを意識する。表情ばかりでなく、伸ばした腕の美しさや指先の手入れも怠らないこと。「遠くから見ても分かるようなメークは必要ありません。それは舞台化粧です」と一刀両断。「質感は整える。素顔っぽい。近くでもメークしていないように見えるっていうのが、匠(たくみ)の技」。会場に笑いが広がる。
肌づくりの仕上げは、ほお紅と眉毛だ。黄色が強い肌だって、ほお紅で顔色を調整できる。ほお骨、ほうれい線の手前、あごのちょっと上までの広い範囲で入れること。「ファンデーションの質感とほお紅の質感を合わせることが大事です」。1本抜くだけで顔の印象が大きく変わる眉毛は、長さにも最大の配慮を。メーク専門誌を開けば適切な長さの決め方が載っているが、「長すぎるとドラマチックになりすぎる。気分が軽い今の時代は、短めで。ただ、最後は自分がきれいか、かわいいかで判断。長さにルールはないのです」。
リップグロス、マスカラをつけて、「朝起きたときにありえないくらいかわいい子」が完成、参加者の食い入るような視線が集まった。一方、吉川さんの目は、脚に、腕に――。「出ているところはすべて"顔"だと思ってほしい」。スカートをはいたときの素足、ハイヒールを履いたときの足の甲、半袖から伸びた腕。目に触れるところはすべて「美しく磨く」。クリームやきらきらパウダーで控えめなつやや光を出してもいい。
■主役は自分の顔 鏡でもっと分析を
この後、今夏の流行色のターコイズのアイシャドーで目元を華やかに演出し、口紅をのせていく。「アイシャドーの仕事は、その人がきれいに見えること。アイシャドーそのものの色がきれいに見えることではありません」。流行のブルー系は肌との反対色だから、薄くつけるだけでOK。口紅はシアータイプという色味が軽く出るタイプがおすすめだ。きらめきのある濃い色のリップグロスを重ねるだけで、暗めのお店でも映えるミステリアスな雰囲気に変身する。ここまで30分ほど。あっという間の変身ぶりに感嘆の声が上がり、近くで見たモデルさんの自然なメークに大きな拍手が起こった。
改めて女性たちにメッセージを。「鏡でもっと自分の顔を分析してほしい。顔の形だけでなく、自分がよくする表情、写真を撮られる時の"キメ顔"などをじっくり見る。自分の顔をどう見せたいのか、シミは本当に隠す必要があるのか、考えてみる。化粧品のためにメークするのではなく、自分の顔が主役だという、当たり前のことを忘れないでもらえるとうれしいです」
<5月28日東京本社、「『その肌づくり、間違っています』~吉川康雄の自分らしさを引き出すメークセミナー」より>
(女性面副編集長 松本和佳)
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