開発現場、女性が支える 会話力・緻密さ武器に
英国南部の都市アシュフォードにある日立製作所グループの鉄道車両基地。「ユーキ、連結器の修理作業も見てくれよ」。ずらりと並んだ鉄道車両の間をビデオカメラ片手に作業着姿で歩き回る小柄な女性に、英国人の作業員が声をかけた。
日立製作所デザイン本部の主任研究員、原有希さん(38)。工場や建設現場などで働く人の行動を詳しく観察・分析し、製品やサービスを開発する「エスノグラフィー」という手法の専門家だ。作業現場での"密着観察"が基本。無意識な動作などを分析し、生産性低下の原因などを探り出す。
業務は過酷。何日間も早朝から夕方まで作業員に張りついて動作を観察し、繰り返し質問もする。今回の英国での調査は出張を繰り返し、日数は通算20日間を超えた。
職人気質の男性が多い現場では、部外者は嫌がられることも多い。だが、女性は信頼されると「気にかけてもらいやすく、より多くの情報を引き出せる」(原さん)。英国でも、最初は警戒心の強い作業員が多かったが、熱心さが伝わると声をかけられる機会が増えた。
成果も出ている。原さんたちの調査で高速鉄道の保守事業が軌道に乗り、2012年の英国運輸省からの都市間高速鉄道計画に関する受注につながった。原さんの育ての親でもある同本部の鹿志村(かしむら)香シニアプロジェクトマネージャは「男性主体の顧客先でも、女性が現場目線で潜在需要を十分に引き出せる」と話す。
「筋がでています。今度は1分80メートルでゆっくりシートを走らせてください」。静岡県三島市にある生産工場で、太陽電池の裏側に張るバックシートの試作品作りを見つめる女性の声が響く。東レの環境・エネルギー開発センター太陽電池開発室の田中路子さん(26)は、塗料コーティングに立ち会い、納得する出来栄えになるまで年上の男性作業員へ指示を繰り返す。
バックシートは風雨にさらされる太陽電池の耐久性を左右する重要部品。東レの戦略製品のひとつだ。市場の急拡大を背景に開発競争は激しい。「耐久性試験の結果が製品に直結する。気が抜けない」(田中さん)と、1回2000時間を超える試験計画を緻密に立てて正確に実行する。結果に影響を与える試験装置の性能劣化に気を配るなど「彼女しか気がつかない部分でも信頼感を得ている」(寺田幹室長)。チームで開発した新製品は大型受注獲得の一歩手前まで来ている。
昭和電線ホールディングス傘下の昭和電線デバイステクノロジー(東京・港)の開発(かいほつ)美雪さん(31)は、建物の基礎と1階の間に置いて地震の揺れを軽減する免震アイソレーターの開発に取り組む。
相模原市の工場内で青い作業着にヘルメット姿で男性に交じり作業する。顧客も男性ばかりで、開発さんの姿を見て驚く人もいるが「逆に覚えてもらえる」と笑顔で話す。
東日本大震災で同社の免震アイソレーターを採用した宮城県石巻市の病院の被害が少なかったことで注文が増えた。設置現場にはできるだけ数多く足を運ぶ。午前8時前に出勤し、終業が午後9時を回ることもしばしばだが、開発さんは「自分が力を発揮することで、志望する女性が増えれば」と意気込む。
開発現場で力を発揮する女性は現実にはまだ少数派だ。経済協力開発機構(OECD)の統計によると企業の研究開発部門に占める女性の割合で、日本は04年の6.4%から11年に7.6%と微増。欧州各国では20%程度で半分以下だ。
進出が進みにくい理由のひとつは慣習。東レの寺田室長は「少し前までは顧客が嫌がるのではという懸念があり、安全面などに不安のある現場には行かせられないという配慮もある」と解説する。
もう一つの要因として、日本総合研究所の小島明子ESGアナリストは「家事や育児などとの両立が想像以上に難しい」と指摘する。
研究開発畑から役員になった女性はごくわずか。その1人である昭和電線ホールディングスの長谷川隆代取締役(54)は「研究開発は企業間競争の最前線。顧客対応が優先され、時間的な制約も大きい」と実感を込める。そのうえで、開発現場で女性が活躍するには「まず本人が実績を積み重ねて意欲やキャリアプランを持ち続けること。その上で上司など周囲の前向きな支援や工夫も不可欠」と話す。
(西村絵、杉垣裕子)
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