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「世界で通用するチームにする」 中田久美氏 久光製薬スプリングス監督

2013/5/11

 練習する選手の一挙手一投足に注ぐ視線。コートサイドに立つりんとした姿。監督就任1年目で、久光製薬スプリングスを6年ぶりのV・プレミアリーグ覇者に仕立て上げた“スゴ腕”は、スラッとしてきゃしゃにさえ映る。

久光製薬スプリングス監督の中田久美氏=写真 竹邨章

 男性監督が牛耳ってきたバレー界に女性監督登場とあって、シーズン当初から注目を集めた。興味本位の視線をものともせずに出した結果は、全日本選手権、プレミアリーグ、黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会の3冠達成。女性バレー初の快挙だ。

 「負けていい試合はない」、そう断言するのは勝ったときの「達成感」がアスリートの成長の原点となることを熟知するからだ。「達成感は一日で消えてしまう。でも、あの一瞬を感じたいからこそ今を頑張れる」。達成感とはどうやら魔法のようなものらしい。

 「人生の三大転機を挙げるとしたら」と問うてみた。最初は13歳、故・山田重雄監督との出会いだ。女子バレーで一時代を築いた恩師から、いきなり「世界一を取れ」と眼前に突きつけられ、千尋の谷に突き落とされた。そこからはい上がる強さを学ぶ。2つめは21歳、右膝前十字じん帯を断裂した時だ。再起不能とまでいわれた大けがで地獄を見た。“仕事”をしたくてもできない一方で重くなる役割。立ち止まざるを得ない時の流れの中、自分で考えるということを学んだ。

 84年ロサンゼルス、88年ソウル、92年バルセロナと3度のオリンピックに出場したが、切に願った金メダルは手にできなかった。29歳で結婚するも夫の親と折り合えず3年後に離婚。もともとが完璧にやりたいタイプだ。「でも結婚に完璧を求めてちゃいけなかった」。結局、自分で行き詰まった。

「決めたらやる、迷ったらやる」が信条だという

 30代はエネルギーを燃やせるものをひたすら探し続けた。ファッションモデル、テレビの仕事、講演、バレー教室・・・。だが完全燃焼はできなかった。

 41歳の時に父が亡くなった。これが3つめの転機だ。末期がんであっけなく逝った父が微笑みながら残した言葉は「人生に悔いはない」。魂が揺さぶられた。自分だったらそう言えるだろうか――。「こんな生き方じゃダメだ」

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