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LVMH、不動産会社がなぜブランド帝国に? 編集委員 小林明

2013/1/11

バーク氏はアルノー氏と初めて出会った“運命の日”から話を始めた。

それは1979年。バーク氏がビジネススクール、仏EDHEC経営大学院の最終学年でラグビー部主将をしていたときだった。

「面白い実業家が実習生を探しているんだ。会ってみないか?」

ある日、クラスメートからこう声を掛けられた。そろそろ就職のことが気になっていたバーク氏は興味を抱き、大事なラグビーの練習を休み、会ってみることにした。それがアルノー氏だった。

■せっかちで強引な実業家

アルノー氏はエリート養成校、国立理工科大学(エコール・ポリテクニーク)を卒業した後、父が仏北部で経営する建設・不動産会社フェレ・サヴィネルに入社。3年後の74年から社長を務めていた。すでに、米国で不動産ビジネスを手がけたいという夢を温めていたようだ。

「とりあえず米国のフロリダへ飛び、高級不動産市場のリサーチをしてほしい」。その場でこう指示された。

バーク氏は休暇のほとんどを調査に費やした。足を棒にして現地を歩き回り、フロリダの不動産事情を丹念に調べ上げた。帰国後、リポートをまとめてアルノー氏に提出すると「うん、完ぺきじゃないか。これを実現しよう。すぐにうちの会社でこのプロジェクトに取り組んでほしい」と身を乗り出してきた。バーク氏は慌てた。

「僕はまだ学生です。もう少しで卒業なので待ってもらえませんか」

「いや、待てない。君に卒業証書なんて必要ないだろう」

せっかちなアルノー氏は結局、バーク氏の卒業まで待たずに、別の人物を採用してしまう。「ああ、これでアルノー氏との縁も切れてしまったな……」。そう思っていたら、幸運が舞い込んだ。採用した人物がアルノー氏の眼鏡にかなわず、再びバーク氏にお呼びがかかったのだ。

こうして、バーク氏は卒業証書と就職口の両方を手にできた。「幸運だった」と振り返る。

■社会党政権を嫌って米国へ

82年、アルノー氏はバーク氏らとともにニューヨークに移住した。

これには大きな理由があった。前年の81年。仏大統領選で圧勝したミッテラン氏が社会党政権を樹立し、自由主義経済の崩壊が懸念されていたからだ。「フランスでは自由にビジネスができなくなるかもしれない。自由の国アメリカに逃避しよう」。アルノー氏はこう決断した。

米国では数年間、不動産事業に取り組んだ。

手がけたのは富裕層向けの別荘などの建設と分譲。「オフィスビルや商業ビルには手を出さず、個人向けの住宅をつくって売った」。バーク氏はそのまま不動産ビジネスを続けるつもりでいたという。まさか自分が将来、ブランド業界で働くなどとは夢にも思っていない。

ところが大きな転機がやってくる。

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