そば王国、山形 「冷たい肉そば」驚きのコクとコシ東北麺紀行(5)

カレー風味のカツ丼とコラボ

それ以外の店も個性を競っている。いろはや一寸亭と並んで創業80年を超える老舗の「定助そばや」は、つゆの味こそいろは派のように多少しょっぱめだが、しっかりとしたコシのある手打ち麺が売り物。かみきれないほどの中太麺で、そば王国・山形の名に恥じないそばの風味を楽しめる。もちろん親鶏のダシもよく効いている。

手打ち麺の風味も楽しめる(山形県河北町の「定助そばや」)

新興勢力では創業8年の「そば処 あお木」が早くも高い評価を得ている。つゆは冷たいというよりはややぬるめだが、つゆの表面に浮かんだ透明な脂が洗練されていて、くどさはない。手間を惜しまず、脂の臭みを丁寧に取り除いているのだろう。

逆に「白鳥十郎そば本舗」は白く浮かぶ脂をそのまま出すワイルドさが身上。親鶏の脂っこさを堪能したい向きで、田舎そば特有の太い麺は食べ応え満点だ。

谷地では肉そばと「かつ丼」をセットで出す店も多い。肉そばは鶏肉、かつ丼は豚肉だが、相性抜群という。それを定着させた元祖が「といや」だ。一寸亭に近い甘めのつゆにコシのある中細麺。脂っこさはあまりなく、ややあっさり系だが、それをかつ丼の高カロリーが補う感じだ。

今や定番となったかつ丼とのセット(山形県河北町の「といや」)

かつ丼と言っても卵をとじたタイプでもソースかつ丼でもない。カレー風味の衣に、しょうゆ味のダシ汁がかかった不思議な味だ。ミニかつ丼セットで1000円。来店客の半数がこのセットを頼む。かつを食べてみると思ったほど脂っこくなく、サクサクしておいしかった。

食べてみた店でいえるのは、コシのある麺もさることながら、つゆに親鶏の持つうまみが凝縮されている点だ。おそらく若鶏ではこのコクは出ないだろう。

親鶏と言えば聞こえはいいが、要は卵を産まなくなった鶏のことで、「廃鶏」とも呼ばれる。廃鶏は肉が硬くて商品価値が低く市場にはあまり流通せず、せいぜい自家消費するか加工品として利用される程度だった。しかし、鶏は生育すればするほどうまみは増す。肉そばはそれを上手に活用した庶民の味といえるだろう。

最初は馬肉だった

なぜ、谷地でこの味が生まれたのか。起源は大正時代まで遡る。当時、外で酒が飲める場所はそば店しかなく、客が馬肉の煮込みで酒を飲み、締めにそばを食べていた。ある客が残った馬肉をそばに入れて食べたところ、思いのほかおいしかったため広まったという。

戦後、馬肉から調達しやすい鶏肉に変わった。冷たい汁が定着した理由は定かではないが、「温かい汁だと具の肉を食べているうちにそばが伸びてしまうから」とか、「出前でそばを取って客をもてなす習慣があり、麺が伸びないように冷たくした」とか諸説ある。

かほく冷たい肉そば研究会が主体となり2011年に兵庫県姫路市で開かれた第6回B―1グランプリに初出展して以来、谷地に肉そばを食べに来る観光客は急増している。特に山形を代表するフルーツ、サクランボの収穫が最盛期を迎える6月から7月は、サクランボ狩りを楽しんだ観光客が大挙して谷地に押しかける。

河北町商工会によると、東日本大震災以降、県内のサクランボ観光農園が風評被害で軒並み来園者を減らす中、町内の農園だけが来園者を増やしているという。それだけ冷たい肉そばが観光資源として定着していると言っていい。肉そばの汁は冷たくても、それにかかわる人のハートは熱い。

(山形支局 高橋敬治)