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男装の麗人・幻のビール…式年遷宮、未知なる伊勢

2013/9/21

20年ごとに社殿を建て替える「式年遷宮」が10月初めに山場を迎えるのを前に、伊勢神宮への関心が高まっている。数多くのガイドブックや雑誌の特集号が書店に並ぶが、そうした出版物であまり取り上げられない隠れた魅力が伊勢にはある。お伊勢参りが盛んだった江戸時代から、国家神道の中心の一つとなった戦前にかけての歴史の足跡が、この地に色濃く残されているのだ。

旅館「麻吉」は今も古市遊郭の雰囲気を伝える

歌舞伎や遊郭の跡も

まずは、日本三大遊郭の1つ「古市」跡。伊勢神宮の内宮と外宮の間にある、これといって特徴のない道をたどっていく。「古市参宮街道」と書かれた旗が軒下につるされている以外は旧街道の趣はあまりなく、両側に住宅が立ち並ぶ。

終戦間近の空襲で一帯には大きな被害が出た。かつての名残を残す希少な建物が路地の奥にある旅館「麻吉」だ。坂の上に建ち、階段に沿って古い建物が連なる。2階建ての下層で玄関があるのが4階。坂の下にある3階建ての建物と廊下でつながり、全体で5階建てになる複雑な構造だ。

伊勢の御師がお札を入れて配った「御祓箱」(伊勢古市参宮街道資料館で)

今も宿として営業を続ける。「創業時期は資料がないためはっきりしない」(代表の上田聖子さん)が、1802年に出版が始まった「東海道中膝栗毛」にも麻吉の記述があり、建物は一番古い部分が江戸末期のものという。

「麻吉は妓(ぎ)楼ではなかったが、ここに泊まって遊びに行った」(上田さん)。

神社と遊郭とはなかなか結びつかないが、お伊勢参りが庶民にとって旅をするほぼ唯一の機会だった頃、参拝を終えたら「精進落とし」と称して「俗」の世界で羽を伸ばしていたのだ。宿の資料室には、江戸時代のものとみられる花見弁当箱など往時をしのぶ品々も残されている。

古市の歴史を知りたくて、徒歩数分のところにある「伊勢古市参宮街道資料館」を訪れた。遊女が使っていたキセルや妓楼の備品などが展示され、華やかだった時代を物語る。

それらと共に展示されているのが、この地にあった「古市歌舞伎」にまつわる資料だ。今の感覚では理解しがたいが、「古市の客は女性同伴が少なくなく、男性が遊郭で遊んでいる間に女性は歌舞伎を楽しんだ」(世古富保館長)という。

伊勢講の名残

富士山の世界遺産登録で「富士講」や「御師(おし)」に光が当てられたが、伊勢では「御師(おんし)」が活躍し、全国に「伊勢講」を広めた。村や職場で「講」を組織し、資金を積み立てて代表が伊勢神宮に参拝した。その世話をしたのが御師で、全国を回ってお札などを配りながら参拝を勧め、伊勢では自宅に泊めて豪華な食事でもてなした。今の旅行会社兼旅館のような存在だった。

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