2013/12/21

日本の歩き方

中に入ると、フォークリフトが忙しくニンニクの仕分け作業をしていた。皮に付着した土をきれいに落とし、形の整っているニンニクは丸のまま、不ぞろいのものは鱗片に分解してさらに大きさによってより分ける。生食用、加工用合わせ、年間の出荷額は約10億円に上るという。

町の街灯はニンニクをかたどっている(青森県田子町)

2006年、商標法改正で地名のついた「地域団体商標」を登録できるようになった。田子のニンニクは同年11月、東北地方で初めての地域ブランド「たっこにんにく」となった。

最大のライバルは外国産ニンニク。1993、94年ごろ、中国産ニンニクの輸入攻勢で1キログラム800~1500円だった価格が300~380円と原価割れの状態に陥った。青森県全体のニンニク生産量は年間1万トンから3500トンに、田子町の生産農家も550戸から200戸まで減った。それでも、色と形に優れた大玉品種を導入して差別化と高級品路線を維持、根強い消費者の支持にも支えられて、農家数は285戸まで戻ってきている。

肉牛生産と連携

田子町では「田子牛」が2000ヘクタールの土地で放牧されている。約1000頭が夏は山地の牧場で過ごし、冬は牛舎で暮らす。繁殖・肥育農家は約100戸。全町がニンニク生産一色になるのではなく、畜産(年間生産額約3億円)やタバコ(同約9億円)、コメ(同約5億円)も合わせた地域複合経営だ。

特に畜産は堆肥で土作りに応用され、それがニンニク生産の基盤にもなった。「いわば耕畜産連携。畜産がなければ、今日のニンニクの成功はあり得なかった」と、田子町の山崎美代志・産業振興課長は強調する。

米カリフォルニア州ギルロイ市。サンフランシスコから車で1時間ほどいった人口5万5000人の町で、全米でも有数のニンニク産地として知られている。そのギルロイ市が田子町と姉妹都市になって今年で25周年を迎えた。

6月の「収穫祭」では大勢の外国人もニンニクの取り入れを楽しむ(青森県田子町)

毎年7月に同市で開かれる「ガーリックフェスティバル」は、ボランティア4000人を動員して3日間で11万人を集める地元の人気イベントだ。そこには田子町の「にんにくレディー」も参加、浴衣姿で田子町のPRをしている。

逆に、毎年秋の「にんにくとべごまつり」には、ギルロイ市から「ガーリッククイーン」が招かれ、歌を披露する。田子牛の丸焼きやバーベキュー、多彩な出店で盛り上がる祭りには、青森県三沢市の米軍三沢基地からも大勢の基地関係者がツアーで詰めかける。

そんなニンニクの縁で結ばれた国際交流も深まっている。田子町の中高生は毎年10月と1月にギルロイ市に語学研修に出かける。子供たちを引率して、20回以上同市を訪れている「田子町にんにく国際交流協会」の市橋安代さんは、「おいしいものは体によくない場合もあるが、ニンニクはおいしいのに健康になれる。そして、町も元気にしてくれる」と話す。

かつて町と県を越えたニンニクは今、国境も越え「世界のタッコ」を売り込む頼もしい特産品として存在感を増している。(青森支局 住谷史雄)

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