2014/5/19

日本の歩き方

猫カフェも人気

浅草を訪れる外国人客は意外な店にも流れる。

猫カフェにも外国人客が多く来ている

「ペットを飼う文化は海外では定着してる。とてもリラックスできたよ」

吾妻橋から北に数分、馬道交差点にあるビル6階の猫カフェ「浅草ねこ園」。オーストラリア人でIT会社に勤めるアイザック・ナクラさんがカフェから出てきた。

浅草ねこ園は年々、外国人客が増加。今年はほぼ連日訪れる。米国、タイ、インドネシアと国籍はさまざま。インターネットなどで調べて店を見つけてくる客が多い。浅草文化観光センターにも猫カフェの場所を尋ねる外国人が目立つという。

浅草ねこ園のオーナー、斉藤貴子さんは「海外には猫カフェは少なく、日本にしかないものとして09年の開業当初から外国人客は必ず増えると思っていた」と話す。英語など多言語に対応したサイトを用意し、集客に力を入れる。

浅草商店連合会は周辺の飲食店向けにイスラム教の戒律に従った「ハラル」対応の食事に関する研修を行っている。防犯カメラの拡充や、電柱の地中化なども検討。「リピーター客をいかに増やすか。来訪者に親切な浅草というイメージが持てる街を目指す」(同連合会の丸山真司理事長)。

「下町」ではなかった浅草

昭和、レトロ、下町……。浅草の街のイメージを尋ねると、こんな言葉が返ってくる。

だが、東京の「下町」と呼ばれる地域は、時代とともに広がってきた。多くの人が下町と聞いて思い浮かべる浅草や柴又も、最初から下町の仲間だったわけではない。

下町という言葉が史料に出てきたのは江戸時代の17世紀。当初は厳密な区域を意味していたわけではなかったが、やがて江戸城の城下町という意味で使われるようになる。江戸城の東側から東は隅田川、南は新橋、北は神田川までと範囲は限られていた。

下町の範囲が大きく変化するのは幕末から明治初期にかけて。江戸東京博物館(東京・墨田)の竹内誠館長は「城下町で暮らしていた人や地方から来た人が移住し、下町の範囲が東に広がっていった」と説明する。

東京スカイツリー、湾岸再開発――。最近の東京では、下町周辺が話題になることが増えた。

その下町の代表格である浅草。外国人観光客が増える一方、懐かしいイメージにひかれ浅草を訪れる国内客も相変わらず多い。

「雰囲気がいいですよね。小さな敷地にぎっしりアトラクションが詰まってて楽しい」

江戸末期の1853年、植物園として誕生した老舗遊園地「浅草花やしき」。4月下旬、都内在住の20代後半の男性会社員は笑顔で話した。

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