農業をとりまく環境は厳しい。1経営体当たりの農業所得は年135万円。民間企業に勤める人の平均給与408万円に比べると低さが際立つ。所得の低さが新規参入を阻み、農業就業者はこの5年間で2割減り、平均年齢は66歳だ。人材激減を背景に、農業経営を担う人材として女性に活躍の余地が生まれている。規模拡大などの計画を作り、自治体が重点的に支援する認定を受けた女性の農業経営者は1万人弱。全体の4%強となお少数派だが10年前の3倍に増えた。

三重県伊賀市で1.5ヘクタールの農地を経営する唐沢寿江さん(41)。葉物野菜や根菜など常時20品ほどを作り分け、地元のスーパーや都内のレストランに販売する。今や5人の従業員を抱え、繁忙期はアルバイトも雇うほどの規模になった。

三重県伊賀市でからさわ農園を経営する唐沢寿江さん

野菜を買う消費者の多くは女性だ。「(女性農業者は)消費者目線で野菜を作れる」。最近ならルッコラやロマネスコなど。流行を察知し、毎年、新しい野菜の栽培に取り組む。

横浜市の会社員の娘に生まれた。東京農業大学に進学して農業の奥深さにはまり卒業後、研修を経て01年に伊賀で就農した。最初の5年は試練の連続。作っても売れず、資金はたちまち底をついた。イノシシに畑を根こそぎ食われ、翌朝、立ちすくんだこともあった。「辞めようかと何度思ったことか。そのたび、応援して送り出してくれた家族や大学の関係者が頭に浮かび、引けなかった」

独り身で突っ走ってきた。経営も何とか軌道に乗り、最近は味噌や梅干し作りにも挑戦している。「昔ながらの知恵を受け継ぐ仕事を広げていきたい」

福島県二本松市(旧東和町)で農業を営む菅野瑞穂さん(26)は昨年、農業体験ツアーを企画する「きぼうのたねカンパニー」を立ち上げた。都会の人を対象にしたツアーイベントを週末に実施し、地域で受け入れる仕組みを作った。種まきから収穫までを体験してもらうことで、都市と農村のつなぎ役を担う。

農家に生まれたが、東京の大学に進学した。「まさか自分が実家を継ぐなんて思ってもいなかった」。ところが東京で初めて産地の見えない食材に囲まれ、違和感を覚えた。10年に卒業、実家に戻った。大学時代は、トウでできたボールを蹴り合うスポーツ、セパタクローの日本代表。体力に自信はあったが、腰を曲げた姿勢が続く田んぼ仕事に体はすぐに悲鳴をあげた。

1年が過ぎ、やっと仕事に慣れたと思った頃。45キロメートルほど離れた場所にある東京電力福島第1原子力発電所の事故が起きた。作物へ直接の影響はなかったが、風評被害はこたえた。先人が積み上げたブランドがみるみるかすんだ。

「福島に関心が集まっている。チャンスと思うしかない」。ツアーで多くの人と出会い、交流が生まれた。担い手になりたいと手を挙げる人も出てきた。今年は男女8人が新規就農目指して移り住んでいる。

伊賀の唐沢さんの農場にも、多くの女性就農希望者が“修行”にやって来る。今春、近畿大学農学部を卒業した畑沢菜穂さん(22)もその一人。「1日中、畑で働いて。汗だくになって。ああ、働いたなあって思えるのが農業の魅力かな」。早朝、まだ冷たい水で野菜を洗う手は真っ赤でも、その顔は充実感に光っていた。(宇野沢晋一郎)