畑で自己実現 女性が埋める農村の跡継ぎ不足
「ひょうごアグリプリンセスの会」。兵庫県内で新規就農した女性の農業経営者が集まって昨年5月に発足した。最初は5人だったが、現在は10人に増えた。生産のノウハウなど情報交換に加え、今年3月からは月1度、野菜の直売会を開催。女性が作った野菜への関心は高く、評判は上々だ。
メンバーで兵庫県明石市に住む浅川元子さん(45)は2012年に就農した。20年近く営業としてバリバリ働いたが、「自分の納得できるものを作って売りたい」との思いは働くほどに強まった。地元行政の駅前講座で農業のイロハを習い、道が開けたと感じた。農業は大変だと知人に止められたが「仕事はみんな大変」と割り切った。
独身。農業で食べていく決意だ。7年の長期計画を立てて臨んだが1年目は赤字。2年目は販売する直売所を1カ所から、より神戸の中心部に近い3カ所に増やして販売量を確保、赤字は免れた。それでも年間売り上げは100万円強。就農に伴う給付金になお頼っている。「まだ、目標の収量に達していない。技術を磨き、生産量と単価を引き上げないと」。目標の売り上げ倍増へ、朝5時起きで畑に通う日々が続く。
夫は会社員で妻は農業。そんな新しい形の共働きのメンバーもいる。神戸市中心部に住む森本聖子さん(35)もその一人。昨年六甲山の北側の農村地帯に農地を借り、イチゴやトマトの生産を始めた。前職は旅行会社。嫌いな仕事ではなかったが、急な休日出勤や産後の休暇が十分取れないことに不満があった。「子どもが生まれても、農業なら最低限の管理で続けられる。定年もない。働き続けたいと考える女性にふさわしい仕事なのでは」と話す。
農村には若い女性が少ない。祭りや草刈り、運動会。森本さんは地域の催しに欠かさず参加する。農村に根付くには、まず信頼醸成が大切だ。協力を惜しまぬことで、農地近くの空き家を割安に買えた。より広く、条件の良い農地を借りて規模を大きくしたい。「会社員の収入を農業で得られたときが成功だと思う」
農業をとりまく環境は厳しい。1経営体当たりの農業所得は年135万円。民間企業に勤める人の平均給与408万円に比べると低さが際立つ。所得の低さが新規参入を阻み、農業就業者はこの5年間で2割減り、平均年齢は66歳だ。人材激減を背景に、農業経営を担う人材として女性に活躍の余地が生まれている。規模拡大などの計画を作り、自治体が重点的に支援する認定を受けた女性の農業経営者は1万人弱。全体の4%強となお少数派だが10年前の3倍に増えた。
三重県伊賀市で1.5ヘクタールの農地を経営する唐沢寿江さん(41)。葉物野菜や根菜など常時20品ほどを作り分け、地元のスーパーや都内のレストランに販売する。今や5人の従業員を抱え、繁忙期はアルバイトも雇うほどの規模になった。
野菜を買う消費者の多くは女性だ。「(女性農業者は)消費者目線で野菜を作れる」。最近ならルッコラやロマネスコなど。流行を察知し、毎年、新しい野菜の栽培に取り組む。
横浜市の会社員の娘に生まれた。東京農業大学に進学して農業の奥深さにはまり卒業後、研修を経て01年に伊賀で就農した。最初の5年は試練の連続。作っても売れず、資金はたちまち底をついた。イノシシに畑を根こそぎ食われ、翌朝、立ちすくんだこともあった。「辞めようかと何度思ったことか。そのたび、応援して送り出してくれた家族や大学の関係者が頭に浮かび、引けなかった」
独り身で突っ走ってきた。経営も何とか軌道に乗り、最近は味噌や梅干し作りにも挑戦している。「昔ながらの知恵を受け継ぐ仕事を広げていきたい」
福島県二本松市(旧東和町)で農業を営む菅野瑞穂さん(26)は昨年、農業体験ツアーを企画する「きぼうのたねカンパニー」を立ち上げた。都会の人を対象にしたツアーイベントを週末に実施し、地域で受け入れる仕組みを作った。種まきから収穫までを体験してもらうことで、都市と農村のつなぎ役を担う。
農家に生まれたが、東京の大学に進学した。「まさか自分が実家を継ぐなんて思ってもいなかった」。ところが東京で初めて産地の見えない食材に囲まれ、違和感を覚えた。10年に卒業、実家に戻った。大学時代は、トウでできたボールを蹴り合うスポーツ、セパタクローの日本代表。体力に自信はあったが、腰を曲げた姿勢が続く田んぼ仕事に体はすぐに悲鳴をあげた。
1年が過ぎ、やっと仕事に慣れたと思った頃。45キロメートルほど離れた場所にある東京電力福島第1原子力発電所の事故が起きた。作物へ直接の影響はなかったが、風評被害はこたえた。先人が積み上げたブランドがみるみるかすんだ。
「福島に関心が集まっている。チャンスと思うしかない」。ツアーで多くの人と出会い、交流が生まれた。担い手になりたいと手を挙げる人も出てきた。今年は男女8人が新規就農目指して移り住んでいる。
伊賀の唐沢さんの農場にも、多くの女性就農希望者が"修行"にやって来る。今春、近畿大学農学部を卒業した畑沢菜穂さん(22)もその一人。「1日中、畑で働いて。汗だくになって。ああ、働いたなあって思えるのが農業の魅力かな」。早朝、まだ冷たい水で野菜を洗う手は真っ赤でも、その顔は充実感に光っていた。(宇野沢晋一郎)
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