男職場でタフに咲く 「紅一点」が開く突破口
大型トラックやローリー車が土煙を巻き上げながら行き交う。川崎市の埋め立て地にある昭和電工川崎事業所。巨大な化学プラントとは不釣り合いな小柄な2人の女性が、運転管理に携わっている。
■力仕事や深夜パトロールも
柏原春菜さん(21)と石川治子さん(22)は入社4、5年目の運転員。プラントの安全運転を監視する。土日も年末年始もなく、「6勤2休」の生活が続く。
事業所の440人の運転員のうち女性は9人だけ。バルブの開閉など力が必要な仕事もあれば深夜に1人でパトロールもする。
同事業所は2008年から女性運転員を採用。数百万円をかけてトイレや更衣室を新設し、バルブ開閉の補助具も作った。なぜ、投資してまで女性が必要だったのか。
「今後、ますます優秀な運転員の確保が厳しくなる」と川崎事業所総務部はいう。工場へ人材を輩出してきた工業高校が減少。運転員の高齢化が進み、大量退職への不安が生じた。目を付けたのが、成績は良くても就職先が限られていた女性の存在だ。
柏原さんは熊本県、石川さんは宮城県の工業高校出身。ともに工場勤務を希望したが地元では採用してくれる工場がほとんどなく、川崎までやってきた。
■行き詰った現場を変える
少数でも女性の存在は職場を変えた。たとえばボロボロのファイルに雑然とまとめられていたデータを色別に整頓したのは、同僚女性の発案だ。「細かい監視業務なら負けない」と石川さん。2人の上司の豊増康昭課長は「男職場をわざわざ選ぶだけに、仕事への意識が違う」と評価する。
男性の意識も変わった。かつて体にたたき込んだ仕事を、「システム化して後輩が納得できる説明をするようになった」(総務部)。
工場などで働く女性の実情に詳しい早稲田大学ビジネススクールの遠藤功教授は、「非正規社員の増加や成果主義の普及で行き詰まっている現場の働き方を変えるには、女性目線の工夫が突破口になる」という。
巨大なドリルで地中を切り裂く資源開発現場も、男性職場の典型だ。世界中で資源を探査する国内最大の開発会社、国際石油開発帝石。現在750人の技術者を擁するが、女性はわずか15人しかいない。
大竹真由さん(39)は99年に旧帝国石油に入社した、女性進出の先駆けだ。大学で石油工学を学んだが、女性技術職を採用する開発会社は帝石だけ。採掘現場のトイレは男女共用、着替えは倉庫でする環境だったが動じなかった。
■「男性と同様に」 上司に直訴
1年目、女性だからと深夜勤務をさせない上司に、男性同様に扱うよう直訴。以来、男性と同じ仕事をこなしてきた。資源開発の会社では「砂漠や海上など厳しい環境にも耐えられるタフさ」(人事ユニットの中村寛ジェネラルマネージャー)が求められる。
入社後に3度出産。その間、同僚男性が厳しい現場で成長していると思うと焦り、限られた時間内に集中して仕事の質を高めることを心がけた。会社もそのがんばりを認め、女性の採用拡大につながっていった。
フロントランナーが男社会の常識を切り開き、性差の意識が氷解する。最近、技術系で採用される新入社員のうち1~3人は女性。08年に入社した松井真理さん(31)は、女性だからと現場で軽んじられることはない上「海外では丁寧に接してくれ、ラッキーかな」。
■営業スタイルの「常識」覆す
アサヒビールで担当部長を務める鈴木秀子さん(45)はビール営業の常識を覆した先駆者だ。1991年の入社当時は顧客から、「女をよこすなんて」と愚痴られた。男性の同僚は夜の付き合いで顧客と距離を縮め、重要店舗を任される。「悔しい思いをした」
昼間に何ができるかをとことん考えた。卸の営業に同行して、卸と顧客の両方から情報を収集。関係を築いた飲食店には仕込みが始まる昼ごろ訪問し、メニューを提案した。工夫を凝らして実績を積み上げる姿に、男性も夜の付き合い一辺倒の営業に疑問を持ち出す。今は部長として、新たな営業スタイルを広げる。
「前方よし」。制帽を目深にかぶり、東京メトロ半蔵門線の運転士、藤牧素江さん(28)は押上駅のホームできびきびと安全確認をする。東京メトロを運営する東京地下鉄では、女性運転士は8人しかいない。
「仕事に男女の差はない」が、女性ならではの感性が業務に生かされている。運転時、揺れが予想される場所では、スピードをやや落とすことを心がける。同期の女性運転士の妊娠がきっかけだった。電車にはさまざまな事情を抱えた人がいる。「皆が心地よく乗れるように」。男性運転士からも「サービスの向上につながるね」と共感を得た。
男性主体の日本企業。女性の踏ん張りが、染みついた慣習を見直すきっかけになっている。
(宇野沢晋一郎、相模真記)
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