悩めるなでしこ企業 女性活用「数値目標」の賛否
女性のパワーを生かそう――。成長戦略の柱として安倍政権は「育児休業3年、上場企業は女性役員の登用を」と大胆な構想を打ち出した。大企業は競うように育児支援策や女性管理職の比率に数値目標を設定する。"なでしこ企業"の実態に迫った。
「溶解炉をこの温度に設定した理由は?」。ニコンの相模原製作所(相模原市)で部下たちを指導する技術担当マネジャー、吉田明子さん(42)は光学レンズの製造工程管理の責任者。2人の子どもの母親でもある。
入社6年目に長女を出産。職場に前例はなかったが短時間勤務制度を利用して復帰した。1日約7時間勤務を4年ほど続け、難関の管理職試験に昨年合格。「周囲の人に恵まれた」と振り返る。同社の女性管理職は現在39人とこの6年で4倍近くに増えた。「男女を問わず能力で評価している」(人事部)
ニコンのほか、ダイキン工業、日産自動車など17社は、女性の登用実績や育児支援の充実度などから今年2月、東京証券取引所と経済産業省から東証1部の「なでしこ銘柄」に選ばれた。安倍政権の後押しもあって、女性の積極活用をうたう"なでしこ企業"の裾野は急速に広がる。
だが、先端を走る企業ですら試行錯誤を重ねる。
性別や国籍、年齢を問わず多様な人材を活用するダイバーシティー経営を推進する米製薬大手、ブリストル・マイヤーズスクイブ。日本法人の女性管理職がゼロであることに危機感を抱き3年前、営業部門に4人の管理職を誕生させると宣言した。
ところが男性社員たちが「女性優遇だ」と反発。候補に挙がった女性たちも「実力ではなく性別で選ばれたと思われ、やりにくい」と訴え、方針は撤回された。人事担当の田島房好常務執行役員は「もう数値目標は掲げない」と、実力主義を徹底する。
東芝も苦い経験を味わった。2005年に女性の管理職候補を集めた特別研修「きらめき塾」を開講。計200人強が受講、多くを管理職にしたが、男性たちが「特別枠」と厳しい視線を向け、2年間で打ち切った。
先月、管理職の女性比率を15年に5.0%にする計画を策定した。反省を踏まえ、今回は「女性を優先する数値目標ではない」と多様性推進部の西田薫グループ長。「男女を問わず適任者を育成すると、女性管理職も結果として100人程度増え、計画は達成できる」
「まずは数」とばかりに策を練る企業も目立つ。
なでしこ銘柄の一つ、三井住友銀行は12年度、220人強を登用し女性管理職を約1200人まで増やした。6割に当たる約740人は「部長代理」など部下がいない。
経験を積ませ、職場の意識改革にもつなげる。「今は数を増やす段階。やる気のある母集団を増やし、そこから実力本位が浸透すれば」と人事部の田口紀子ダイバーシティ推進室長は意気込む。
なでしこ銘柄の中には、ここ1~2年で部下なし管理職などが急増した企業も少なくない。同業他社では「明らかに数値アップ用のポスト」「実態のないイメージ戦略」などのやっかみがくすぶる。
厚生労働省によると、大企業の女性管理職比率は2.9%どまり。数値目標をめぐっっては、男性の間でも「日本では強制力のある"外圧"なしに改革は進まない」(外資系IT企業幹部、51)、「男女を問わず能力と実績で登用しなければ、組織全体の士気が落ちる」(半導体商社人事部長、52)と賛否が割れる。
「私は慎重な立場。ゲタを履かせるのは過渡的な施策でなければ」「意見が違う。強制的に枠を作るべきだ」――話題を呼んだ自民党の高市早苗政調会長と野田聖子総務会長の政策論争。どこに着地したらいいのか。日本の企業社会にまだ答えは出ていない。(小滝麻理子、相模真記)
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■女性管理職の数値目標 男女とも、賛成6割
日本経済新聞社は調査会社のマクロミルを通じて4月上旬、全国の働く男女3296人に女性管理職(課長級以上)の数値目標の是非について聞いた。賛成は63.1%で反対(36.9%)を大きく上回った。
賛成の理由は「日本は女性管理職比率が圧倒的に低いから」(33.0%)が最多。「中枢で働く女性が増えればフルタイムで働けない人が増え、結果として労働環境が改善する」が29.3%で「女性枠を設けなければ活躍の場が生まれない」という人は13.0%だった。
反対の理由では「仕事で成果をあげている人に失礼。女性が色眼鏡でみられる」(43.2%)がトップ。
<「女性管理職に数値目標」 どう思う?>
▼「本音では女性登用に後ろ向きな経営者は多い。何もしなければ、圧倒的に女性活用が遅れている日本の現状は変わらない」(機械メーカー、42)
▼「管理職になりたい女性が少ないことが問題。数値目標と合わせてこれまでとは違う管理職像を示さないと、本当の意味で広がっていかない」(大手情報サービス、31)
▼「女性の管理職比率に数値目標に設ける企業が増えれば、この問題が注目され、企業側と働く側の双方の意識改革のきっかけになるとも思う」(食品メーカー、44)
▼「職場で女性が増えると、それだけ発言力が高まるのでうれしい。ただ、女性はキャリアに対する考え方が人それぞれなので、管理職のあり方も多様なロールモデルがあったほうがいい」(サービス、34)
▼「仕事を進めるうえで男女差を意識することない。問われるべきはリーダーとしての能力や仕事観。出産しても復帰して働く、独身でも長く働き続けるという先輩女性が至る所にいることが後輩女性の安心感につながる」(大手サービス関連、50)
▼「仕事の能力と実績があり、適任であるなら性別に関係なく管理職に起用すべきだ」(IT系出版社、54)
▼「男女隔てなく仕事を評価された昇格でなければ、本人にとっても周囲にとってもマイナス」(総合商社、27)
▼「実力がないのに部課長に就く女性が出て昇進がアンバランスにならないか」(システム開発、38)
▼「商社は今も昔も男社会。女性が入ってくること自体やりづらい」(総合商社、31)
▼「数値目標の設定は数合わせにすぎず、社内の考え方を改めることにはつながらないだろう」(大手小売り、44)
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