命のリレーの尊さ感じて 「ある精肉店のはなし」
監督・纐纈あやさんに聞く
大阪府貝塚市で7代にわたり精肉業を営んでいる家族を題材にしたドキュメンタリー映画「ある精肉店のはなし」が11月29日、公開された。これまでタブー視されがちだった、牛のと畜に正面から向き合った作品だ。物珍しさや差別の問題をことさらに主張するのではなく、カメラは家族の日常を淡々と追う。作品は釜山国際映画祭と山形国際ドキュメンタリー映画祭に正式出品された。日本映画監督協会の崔洋一理事長は「厳しくも神々しい命のリレーの尊さを教えてくれた」と評価する。撮影の経緯や映画を通じて伝えたいことについて、監督の纐纈(はなぶさ)あやさんに聞いた。
(聞き手は商品部・高田哲生)
――牛をと畜するシーンについて残酷といった印象はほとんど感じませんでした。手の動きなど、スクリーンに引き込まれます。
「私自身、この映画を撮りたいと思ったきっかけが、と畜という作業に感動したからです。友人から声をかけられてと畜の見学会に行ったのが始まりです。と畜から私が想像していた当初のイメージとは全然違って、現場は緊張感がありながらも生き生きしていました」
「撮影させてもらった『北出精肉店』の北出新司さんたちは重労働を全身全霊をかけてやっていた。今の牛肉生産では分業体制が当たり前になっています。ナイフ1本で牛をみごとに解体できる人は日本にどれだけ残っているでしょうか。解体の手際には美しささえ感じます。2012年に市立のと畜場が閉鎖されたため、北出さんたちもと畜業を終えることになりました。新司さん自身が言っているように、それまで残っていたことが奇跡的だったのかもしれません。日々、肉を食べて生きているわたしたちは一度はみておくべきだとも感じました」
――撮影の許可をもらうまでに半年かかったそうですね。
「北出さんの家族を取り上げるということは、被差別部落の歴史と向き合うことと切り離せないからです。北出さんの家族だけではなく、地域ともよく相談する必要がありました。また撮影する私たちも大きな責任をともないます。映像化してなぜ人に見せるのか、どうやって見せるのかを深く考えました」
「北出さん家族からは、と畜は暮らしの一部であり自分の職業や技術が特別だといった気負いは感じませんでした。こうした自然な人たちが対象なら映画として成立するのではないかと思いました。差別はいけない、などと声高に叫んだり、何かの結論が先にありきでつくったりするのではないということを理解してもらいました。初監督した前作をみてもらうなどして、なんとか撮影の許可をもらいました」
――映画はと畜だけではなく、家族や地域の今や歴史も描き出しています。
「新司さんたちのお父さんである静雄さんの存在が大きかったです。(静雄さんは既に亡くなっていますが)撮影に入る前、家族の会話の中に何度も思い出話が出てきました。映画をみてもらえればわかりますが、強烈な個性の持ち主だったようです。私も、映画を撮影することを通じて、この人に会いたいという思いがありました」
「自分の映画づくりのスタンスは知識やイデオロギーからではなく、まず身体感覚から入る傾向があり、それは今回の作品も同じです。1年半ほどの撮影期間中、店の近くにアパートを借りていました。地区の銭湯に行ったり行事にも参加したりして、できるだけ地域の中で過ごすようにしました。と畜された牛の皮はなめされて太鼓になり、その太鼓がだんじり祭りに使われます。と畜を取り上げることは、地域の祭りや歴史を描くことにもなりました。特に祭りは地域の絆を象徴する場所としてとても重要でした。撮影の最後には北出さんたちに『一緒に映画をつくっている気持ちになった』と言ってもらえたことがうれしかったです」
――試写会で作品をみた人などの感想をみると、「映画を見てお肉を食べたくなった」といったものも多いです。
「多くの人が、自分が毎日食べている肉の出どころがどうなっているのか興味を持っていると思います。一方で、と畜の現場は遠いもので見られないといった固定したイメージもあるのではないでしょうか。映画づくりにあたってはたくさんの応援をもらいました。趣旨に賛同して制作資金を出してもらった個人や団体の数は700近くにもなり、制作費の半分は、その資金でまかなうことができました。この映画は手仕事中心のと畜作業を追っていますが、流れ作業で進む大規模なと畜場で働く人たちも北出さんたちと同じように仕事に誇りを持っていると思います。映画を撮り終えて、そうした現場で働く人たちに尊敬の念を覚えました。映画を通じて、命あるものをいただいて私たちは生きているのだと感じてもらえればいいと思います」
(11月29日から東京・東中野のポレポレ東中野、12月7日から大阪・十三の第七芸術劇場で公開。ほかに神戸市や福岡市などでの上映も決まっている)
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