大間だけじゃない マグロやヒラメ、白神の新名物
世界遺産になって20周年を迎えた白神山地(青森県・秋田県)の周辺で、ご当地グルメが続々と登場している。青森県深浦町のクロマグロ、同県鰺ケ沢町のヒラメなど東京・築地市場でもおなじみの高級食材を使ったメニューは、わざわざ訪れて食べたくなるほどの本格派ぞろいだ。
クロマグロ水揚げ、青森一は深浦町
「マグロは大間だけじゃない!」。こんなスローガンを掲げ、6月中旬からクロマグロのステーキ丼を売り出しているのが青森県深浦町だ。
青森のマグロといえば津軽海峡に面した大間町が全国一の知名度を誇るが、本格的な漁期は秋から冬にかけて。大間に先駆け、夏に水揚げがピークとなるのが日本海側の深浦町だ。
釣り物が主体の大間に対し、深浦のメーンは定置網漁。魚体は大間より小さめだが、大きな群れに当たると一気に水揚げが増える。2012年の水揚げは約450トンで県全体の半分近くを占めた。
隠れた特産品を売り出す取り組みは、観光振興の視点から始まった。
2011年、東日本大震災で東北の観光業は深刻な打撃を受けた。海辺で褐色の湯を堪能できる「黄金崎不老ふ死温泉」や神秘的な十二湖などの観光名所に恵まれた深浦町でも旅行者は10年から2割減った。逆境の中、新たな観光資源として白羽の矢が立ったのが「食」だった。深浦町観光課の鈴木治朗主任主査は全国各地で「ご当地グルメ」を立ち上げてきたリクルートのヒロ中田さんを訪ねた。
「深浦町の食材で全国一はありますか?」「ありません」「青森県一なら?」「クロマグロです」「え、大間じゃないの?」「水揚げ量では深浦です」「それを売り出さない手はないじゃないか」――。
紺ぺきの日本海と岸壁の対照が印象的な海岸線。観光客を魅了する絶景の海で捕れるクロマグロならば好奇と食欲をそそるには申し分ない。水揚げも安定しており、冷凍すれば通年で提供できる。リクルートの調査では観光客が旅に求める最大の要素が「食」だという結果も出ていた。「飲食業は観光業」という呼びかけに町の飲食店も喜んで賛同した。
ご当地グルメブームの仕掛け人が選んだ「深浦マグロステーキ丼」
知恵を絞ったのは「出し方」だ。上質なクロマグロといえども、刺し身や丼などの定番ではインパクトに欠ける。「料理は見た目が9割。ワァーと驚かせるものを考えてほしい」。ヒロ中田さんの助言を受け、12年6月から独自メニューの開発が始まった。
試作品をつくってはヒロ中田さんを呼んで意見を聞く。「5品出しても2品しか食べてもらえない。何度も空気が凍り付いた」と鈴木さんは振り返る。離脱するメンバーも出始めた中、状況を打破したのはある飲食店の提案だ。
「火を使う料理にしてみてはどうか」。「マグロは生で食べるもの」という固定観念を破り、ジンギスカン鍋で自ら焼いてもらおうという発想だ。特産品の長芋、錦糸卵、マグロの削り節がそれぞれ乗った3種のご飯と複数のタレも併せて出す。
6月中旬にデビュー、予想上回るヒットに
昨年末、ヒロ中田さんからついに合格点が出るまでにつくった試作品は100を超えた。店ごとにマイナーチェンジは加えるが、基本的には同じ「深浦マグロステーキ丼」を7店で提供している。せっかくの労作なのに、中高年の男性の多くはマグロを焼かず、生で食べてしまうのがもどかしいところだが。
6月中旬のデビュー以来、7月21日までに7500食を突破し、早くも年間目標の半分を超えた。関係者の予想を大きく上回る大ヒットだ。マグロの相場次第では、1人前の1200円に対する食材原価率が6割に達することもある。一般的な飲食業は3割程度。本来ならもっと高い価格でもおかしくはないものを、割安に食べられる「お得感」が受けた。
青森県鰺ケ沢町は「ヒラメの漬け丼」で勝負
深浦に先んじて、昨年からご当地グルメに取り組んだのが日本海沿いを約40キロ北上した鰺ケ沢町だ。古くから山海の幸に恵まれた地域ではあったが、「顔」になる料理がなかった。そこで選ばれたのが、築地などでも高い評価を受けるヒラメだった。
鰺ケ沢では1年の大半を通してヒラメの水揚げがあるが、東京など消費地での需要は冬に集中する。この時期には1キロ2000円ほどで取引されるが、引き合いが弱い夏には同500円前後に落ちる。
冬の方が脂が乗るのは間違いないが、水揚げ後の処理や料理の仕方次第ではそれ以外の季節でも十分おいしく食べられる。料理店の仕入れ値が季節に応じて変動したとしても、年間を通せば高級食材のヒラメを消費地よりもはるかに安い価格で提供できる。
元々、鰺ケ沢にあったヒラメの昆布締めという食文化をアレンジし、「ヒラメの漬け丼」をご当地グルメとして売り出した。13店舗が扱い、価格は800~1500円。店ごとにアレンジが異なるので、ハシゴもできる。
秋田県八峰町、アワビの創作料理提供
7年前からアワビの稚貝放流イベントを実施している秋田県八峰町では今年5月から、地域の飲食店が開発したアワビの創作料理を料理研究家らが試食し「グルメ料理提供店」として認定する取り組みを始めた。
天然アワビの漁期は7~8月だったが、養殖物を活用して通年提供できる態勢を整えた。和食やフレンチ、イタリアンなど既に10店舗以上が認定を受け、価格は1200~2200円程度だ。
自然が美しく、青森県でねぶた祭りも開かれる8月は白神観光のベストシーズン。訪れる際には各地自慢のグルメもぜひ試してみてはどうだろう。
(商品部 吉野浩一郎)
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