天ぷら・おひたし・あえ物… 食用菊ってどんな味?
突然だが、読者の皆さんは花を食べたことがあるだろうか。いや、質問を変えよう。花を食べたいと思って食べたことはあるだろうか。統計が見つからないので分からないが恐らく、花は観賞するものであって食べたいと思った人は少ないのではないだろうか。
純潔なイメージを大事にしていた一昔前のアイドルなら「主食はお花です」とでも言いそうなものだが、主食にしないまでも、実際に花を食べる文化は存在する。食用に適した花をエディブルフラワーと呼び、カリフラワーや菜の花などがある。そしてそのなかで、この時期特に出回りが多くなるのが「食用菊」だ。
山形に紫の品種「もってのほか」 天皇家の家紋を食べるなんて…
旧暦の9月9日(新暦で今年は10月13日)は重陽の節句と呼ばれ、菊で不老長寿を願う風習がある。この風習は中国から伝わったもの。平安時代には菊の花をめでながら、「菊花酒」を飲んだ。
食用の菊は江戸時代以降に普及したとされ、あの松尾芭蕉もアイドルよろしく菊を好んで食したそうだ。現在は山形県や愛知県、秋田県を中心に栽培されている。
山形産は東京市場に入荷する食用菊の6割近くを占めており、山形では現在でも菊を食べる文化が色濃く残っている。「秋になると食用菊がどのスーパーにも一斉に出回り、売り場が華やかになる」(JA全農山形)
山形では「もってのほか」という紫の菊の栽培が盛んだ。名の由来は、一説によると天皇家の家紋である菊を食べるなど「もってのほか」だからだという。
今夏の猛暑の影響で、食用菊の卸値は高値水準になっている。青果物卸大手の東京青果によると、現在の東京市場での卸価格は80グラム入り1パックが100円強で前年に比べ約2割高い。なかでも「黄色の菊の出回りが少ない」(東京青果)。
そういえば仏に供える菊も、需要期の9月のお彼岸には小菊を中心に今夏の猛暑で卸値が上がっていた。ただ卸値の上昇は小売価格には反映しておらず、都内のスーパーや百貨店などでは山形産、秋田産ともに前年並みの1パック250~300円ほどで売られている。
シャキシャキした食感、苦みはなく甘みも
では、菊はどうやって食べたらよいのだろう。東京都内で食用菊を使った料理を出している店を探してみたが、なかなか見つからない。どうやら菊をメーンディッシュにすることは少ないようだ。今年、菊料理のビュッフェを提供したという都内の割烹(かっぽう)料理店に電話してみても「今は仕入れが少なく、たいしたものができない」とのつれないお返事。
仕方がないので、デパートで1パック300円で売られている黄色と紫の食用菊を購入。普段ほとんど料理はしない筆者だが、自分で調理して食べるか、と思っていたところ、頼りになる先輩のY記者がアドバイスをくれた。「会社の近くの店にその菊を持ち込んでみたら?」
我が社から歩いて1分くらいの場所には自然回帰(東京・千代田)が展開する「活菜厨房 然」という料理店があり、会社帰りなどによく利用している。ここに頼み込んで、天ぷらとおひたし、トビウオとのあえ物を作ってもらった。
さすがはプロ。30分ほどで完成した。さっそく食してみる。まず驚かされるのは食卓に広がる香りだ。正直なところ食欲をそそるわけではないが、爽やかな気持ちにしてくれる。
まず箸をつけたのはトビウオとのあえ物だ。菊は少量ちりばめられているだけだが、トビウオの身の軟らかさにシャキシャキした食感が加わり、「かむ」楽しさが増す。食卓を包んでいた香りが口の中にまで広がり、トビウオのわずかながらの臭みを消してくれる。
次におひたしだ。こちらはほぼ菊で構成されており、素材そのものの味を楽しむことができた。菊には少し甘みがあるようだ。菊の量の多さからシャキシャキ感は「ジャキジャキ」した食感に変わり、あごと菊が刻むリズムが何とも小気味よい。
最後が天ぷら。おひたしを食した時に感じた甘みが増して印象的だった。黄色と紫では紫の方がほんの少し甘いと感じた。先ほどまでのシャキシャキ感はなりをひそめ、もちもちした食感の天ぷら衣に包まれた菊はしっとりとした食感だ。
香りや彩りを楽しむ食用菊、実はビタミンCやB群が豊富
食用菊は味を楽しむというよりはその食感や彩りを楽しむことが多いようだ。
「日本料理では菊を料理できるようになることは重要。菊が入っていない料理でも、菊をかたどった装飾をすることが多い」(然の大沼靖料理長)
9月の終わりごろから販売するサラダの一部に食用菊を入れているという東京駅の地下にある総菜店も「味というよりは彩りを添えるためで、美しさを見て手を伸ばす人も多い」と話す。
栄養価が高いという強みもある。ビタミンCやベータカロテン、体の酸化を防ぐビタミンB群を多く含む。流行しているアンチエイジングの効果も期待できるという。何より美容のために花を食べているなんてこんなオシャレなことはない。
読者の皆さん、こんな話を聞いて食用菊を活用しないなんて「もってのほか」ですよ。
(商品部 三隅勇気)
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