近大・伊根・プリンセス… 養殖マグロにブランド
初セリの落札額は昨年の20分の1に下がったが、天然クロマグロが高根の花であることに変わりない。小売店や回転ずしで庶民の食卓に根付いているのが養殖マグロだ。天然物と比べた割安感が最大の魅力だが、産地や品質、特徴は様々だ。漠然と選ぶのではなく、好みのものを探してみてはいかがだろう。
近大マグロ、銀座に2号店
マスコミでも頻繁に取り上げられ、すっかり有名になったのが「近大マグロ」だ。
漁師が取った幼魚を3~4年かけて育てる一般的な養殖マグロと違い、近畿大学が人工ふ化させた稚魚を育てる。天然資源に負荷をかけない「完全養殖」が最大の特長。その実現に費やした苦節30年の歳月も話題性を高めている。
昨年、大阪と東京・銀座にアンテナショップと位置付ける飲食店を開いた。人気があり過ぎるのが難点だ。「大阪では11時からのランチ営業で2分後に予定していた数量が売り切れてしまうことがある。東京でも予約の受け付け開始当日に、翌月分まですべて埋まってしまう」(近大広報部)という。ハードルは高い。
しかし裏技がある。近大は自前で育てて出荷する以外に、人工ふ化させた稚魚や幼魚を外部の養殖業者に販売している。「近大育ち」ではないが「近大生まれ」という兄弟分の養殖マグロが増えているのだ。
その一例が「ツナプリンセス」。三菱商事子会社の東洋冷蔵が近大から仕入れた稚魚を育て、13年秋から販売を始めた。鮮魚チェーンの魚力などが扱っている。育て方が違えば味も変わるが、少なくとも「完全養殖マグロ」は味わえる。
日本水産の「伊根マグロ」、日本唯一の短期養殖
築地のプロたちが「別格」と口をそろえるのが日本水産の「伊根まぐろ」だ。
幼魚から育てるのではなく、成魚を取って京都府北部の伊根町のいけすで数カ月間太らせただけで出荷する。分類上は養殖だが、水揚げまで9割以上の時間を自然界で過ごす。中心サイズは100キロ以上で一般的な国産養殖より2倍以上大きい。全身トロのようなマグロも少なくない養殖マグロ市場にあって、赤身のうまさでも勝負できる本格派だ。半年前まで天然物だっただけに、特有の酸味をたたえて味わい深い。
日本水産まぐろ課の斧泰範課長は「冬に良質なマグロを安定供給したいというのがきっかけだった」と振り返る。水温が下がる冬は魚の身が締まっておいしくなるが、主産地の津軽海峡などでは海がしける日が増えて天然物の供給が減る。需給のギャップを埋める一案が成魚の短期養殖だった。
海外では短期養殖が主流 夏に取って冬出荷
毎年夏、日本海では巻き網漁によるクロマグロが大量に揚がる。しかし産卵を終えたばかりのこの季節は身が痩せたものばかり。卸売市場でも安値でしか売れない。
これを旬の冬まで飼えば別物に育つ。卸売市場での相場は一般的な養殖物より5割高くなる。枯渇が懸念される資源の有効活用にもつながる。すれっからしの娘が一人前のレディーに成長する「マイ・フェア・レディ」のようなマグロなのだ。小売店が扱うのは年末年始や成人式などハレの日限定。興味があればお見逃しなく。
日本では「伊根まぐろ」しかない短期養殖だが海外ではこれが主流だ。養殖マグロの中で最も流通量が多いスペインやマルタなど地中海産は初夏に漁獲した成魚を半年ほど育てる。出荷サイズは120キロ以上が中心で200キロを超えることも珍しくない。
築地の卸会社・中央魚類マグロ部の松山次郎部長は「40キロ前後が多い国産よりも赤身が多く、身がしっかりしている。値段は国産品と同程度なのであとは好みの問題。国や養殖業者によっても味が変わるので、色々試してみるといい」と話す。水産業界ではこうした短期養殖のことを蓄養(ちくよう)と呼ぶ。築地の初セリで最高値の大間産を競り落としている「すしざんまい」の喜代村(東京・中央)も、普段はスペイン産の短期養殖物を中心に使っている。(商品部 吉野浩一郎)
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