太夫の熱演がよく見えない 文楽は「聴くもの」かピンボケおやじ記者が行く

「住大夫!!」。大阪・日本橋の国立文楽劇場の文楽初春公演。幕開けの演目は寿式三番叟(さんばそう)で、浄瑠璃を語るのは竹本住大夫さん。満員の客席から声がかかる。まさに万雷の拍手だ。

文楽の初春公演で復帰した人間国宝の竹本住大夫さん(中央)=1月、大阪市中央区の国立文楽劇場

人間国宝で文楽を率いる大立者だ。軽い脳梗塞で入院、療養とリハビリを経ておよそ8カ月ぶりに舞台復帰を果たした。88歳。「再起は無理かもしれないな」。私は内心、覚悟していた。文楽は寂しくなるなあ、と思った。

ところが、1月3日の初日の幕が開くと、元気な姿を見せ、見事な語りを披露した。うれしかった。早く聴きたかったが、昨年、大阪から東京に転勤してなかなか行けず、13日になってしまった。

能楽の「翁」を文楽に移した寿式三番叟は、新春を寿(ことほ)ぐ、めでたい演目。初春公演の定番だが、住大夫さんの復活にうってつけだ。

8人の太夫、7人の三味線弾きが並ぶ華やかな舞台で、主役の翁を語る住大夫さんは高い声が良く伸びて快調そのもの。「やっぱり芸の鍛錬はすごいものだな」。それが実感で、胸が熱くなった。

近眼に加え網膜色素変性症も

ただ、何とか取ってもらった席が後ろの方で、太夫たちがいる床(ゆか)からも遠いので、住大夫さんの熱演がよく見えない。近眼のうえに、網膜色素変性症という目の病気を患っているからだ。

網膜色素変性症に関するパンフレットなど

演目の後半、人形遣いがコミカルな動きを見せているようで客席がどっと沸く。でも、舞台がピンボケでぼんやりしているので、なぜ笑いが起きたのか分からない。仕方がないので周りに合わせて笑う。少し哀しくなる。

2度目の大阪勤務のときに文化の担当になり、文楽に出合った。8年余り前だ。ちょうどそのころ、網膜色素変性症と診断された。48歳だった。およそ4000人に1人の難病だ。簡単に書くと、目のフィルムの役割をする網膜が少しずつ機能しなくなる病気で、視野が狭くなり、視力が落ちてくる。決定的な治療法はないが、進行はゆっくりだ。

初めは自覚症状がなく、舞台もよく見えた。人形が人間以上にこまやかに動き、太夫が哀切、痛快、滑稽な物語を語り、三味線が多彩な音色で音曲を奏でる。三位一体のハーモニーに引き込まれた。

だんだん人形の細かな動きが見えにくくなってきた。舞台の上の電光掲示の字幕も読めなくなった。前の方の席を取るようになり、とうとう最前列が「指定席」に。

56歳の今の視野は健常者のおよそ3分の1の40度くらい。視力は裸眼で0.1を下回っている。症状は中期にさしかかったところ。