ある時、私の家に1頭の雌のシベリアンハスキーの子犬がやってきた。1990年前後にハスキーブームになった(すぐに冷めてしまった)頃の話である。
生後5カ月くらいまでは、わが家の小学校低学年だった長男や幼稚園年長だった次男のかっこうの遊び相手だったが、半年も過ぎる辺りからソリ犬の遺伝子がみるみる発現。子供はひきずり倒される、家内は引っ張られて肘を捻挫するなどの家庭内事故が多発し、とうとう朝晩の散歩は私一人の任務になってしまった。
■誤飲した異物、草と一緒に嘔吐
リズ(愛犬の名前)と散歩していると気がついた。毎日草を食べることはないが、道端のアスファルトとブロック塀の隙間などから顔をのぞかせている「スズメノカタビラ」「エノコログサ(ネコジャラシ)」など、イネ科の植物の尖った葉の先端を食べる時は、かなりの確率で草と胃液を吐くのである(それも道の真ん中に)。ある時は草を食べて、プラスチックのアイスクリームのスプーンを吐き出したことがあり、私は犬にとっての草食の効用を認識し始めていた。
ある朝、リズは無性に道路の片隅に行こうとする。これは「草を食べて嘔吐するため」とすぐ分かったので、道の真ん中で吐かれた物の後始末をするのが嫌な飼い主は、そうはさせじと首輪を引いて草から犬を引き離す。歩きながらこれが2、3度繰り返された後、リズは道の真ん中に落ちていたタバコの外側のセロハン紙を見つけ、一息に飲み込んでしまった。
初めてのことで、呆気(あっけ)にとられていた私の前で、直後にリズはセロハン紙と胃液を嘔吐したのであった。こうして、我が家の愛犬は身をていして「犬の草食嘔吐刺激説」の正当性を、(自分の都合しか考えない)獣医師の飼い主に認めさせたのである。
(帝京科学大学教授 桜井富士朗)

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。執筆者は以下の4氏。
【動物】桜井富士朗(帝京科学大学教授)
【昆虫】永幡嘉之(自然写真家)
【野鳥】安西英明(日本野鳥の会主席研究員)
【魚】西 源二郎(葛西臨海水族園園長)