薬の服用、不可欠に・副作用とも付き合う適応障害(2)野村良子さん(50)

利用者の看護記録を次々に記入

異動でナースの仕事を離れて、新たな環境で現れた不眠や立ちくらみなど心身の諸症状のためについには入院……。「適応障害」との診断で入院してから8年がたちました。事務やカウンセリングという新たな仕事環境に適応できなかったとき、心と体は悲鳴を上げていたのです。でも、自分本来の姿である、ナースの仕事ができている現在でも、定期的な受診による精神療法と、薬物療法が続いています。正直、これ程時間がかかるとは思ってもみませんでした。


適応障害と向き合いながら働くなかで、病気を完全に受容できているのかは、わかりません。自分で受け入れられていることもあれば、そうでないこともあります。

心の病気になるなんて思ってもみなかった私。どんなことにもポジティブ思考で行動してきたこの私が?

今も、きっと病気のことを私自身が言わない限り、誰も信じないでしょう。誰よりも元気そうで、立ち止まることを知らずに活動しているのですから。勝手なようですが、いつもはつらつと活気がある私も、いえそんな私だからこそ実は心の病気を持っているんだ、ということに気づいてほしい、という気持ちがあります。半面、「やはり知られたくない」という矛盾した思いもあるのです。

いったん心に大きな穴が開いてしまった私は、多忙な日々の中でふと不安にかられる時、かつてならびくともしなかったようなほんのわずかな刺激にも心の糸が反応してしまうのです。それに耐えようと表面上は何事もなかったかのように装う分、心の糸は余計大きく波打ってしまいます。そのため、薬の服用は不可欠です。

薬は目立たないよう小袋に

病気を否定したいとは思いません。しかし、「心の病気は隠したい」という気持ちが心の片隅にあるのでしょう。決して人前では薬を内服しません。薬の袋には、病院名・メンタルヘルス科・名前・薬の名前が印刷されています。服用後の空袋などわざわざ見る人はいないと思いますが、職場で空袋は捨てられません。やはり、病気や服薬のことを知られたくない思いがあるのでしょう。そのため薬はかわいい小袋に入れています。

私が薬を服用するのを見た同僚から「どうしたの?」と聞かれたことがあります。すかさず「もっと元気になる薬よ!」と答え、薬の話が続かないように、話題を変えます。

受診している病院についても精神科とは言わずに、「メンタルヘルス科」と言っています。直訳すれば「心の健康科」。自分は精神の病ではなく、心の病だと思っているのです。

以前、パーキンソン病の患者さんとご家族を前に「病気の受容と社会参加」というテーマで講演をしました。日々進行する病状をどのように受容したらいいか、そして閉じこもりがちになる心を開き「できる事なら、外に出てみませんか?」と促す内容でした。最後に、30錠程の薬を見せながら、「今皆さんの目の前でお話ししている、私の1日の薬です。心の病気になりながらも、このように仕事ができています」と、言ったことがあります。でも、今、改めて自分は病を本当に受け入れていたのかと自問自答しています。

約1年前からは薬の副作用が出始めました。長期間の抗うつ剤服用による「遅発性ジスキネジア」という症状です。無意識に歯を食いしばり、舌を口腔(こうくう)内で動かすことなどが特徴です。気がついたらやめようと思うのですが、逆に更に強く歯を食いしばってしまうため口内炎ができ、なかなか治りません。

副作用は知ってはいましたが、自分の身に起こるとは考えてもみませんでした。今の私の心と体には、まだメンタルの治療が必要で、薬とも仲良く付き合って行こうと思っています。一方で、副作用を受け入れ、日常生活の中でその症状とも付き合わなければならないという、この病気の根の深さにも改めて気づかされています。

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野村良子(のむら・よしこ) 1960年生まれ。看護師。都内の学校法人に勤務していた2003年、異動を機に適応障害を発症し9カ月入院。地域住民を対象にした「心の相談室」で勤務しながら自らも治療を続ける。09年に退職。デイサービスセンター勤務を経て現在は関東地方の保育園勤務。

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「患者は働く」は、病気やその後遺症と折り合いをつけながら働き続ける姿を紹介するコラムです。本人にとっての働く意味やその上での工夫、周囲の配慮などについて、乳がん、クローン病、脳卒中、腎臓移植、適応障害の5人の筆者が毎週リレー形式でつづります。