アート&レビュー

初めての俳句・短歌

五島美代子の子を悼む歌 短歌一口講座 空

2011/11/19

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(おおつじ・たかひろ)1960年三重県生まれ。龍谷大大学院文学研究科修了。現代歌人協会会員。三重県立松阪高校教諭

今回の「耳を澄まして」では、五島美代子(1898-1978)の亡き子を思う歌が取り上げられていました。五島は「心の花」から歌を始め、戦後は女性歌人の超結社集団「女人短歌」の中心的人物として活躍した歌人でした。

昭和25年(1950年)、彼女を悲劇が襲います。東京大学文学部在学中だった彼女の長女ひとみが自死したのです。五島はその死が自分のせいであったと考え自分を責めます。のちに『母の歌集』(53年)に纏められる痛切な歌はこのとき生まれました。

  棺の釘打つ音いたきを人はいふ 泣ききまどひゐて吾はきこえざりき

長女の葬儀のときの歌です。なきがらを納めた棺に釘が打たれる。葬儀に参会した人々はその釘の音の痛ましさを作者に告げます。が、悲しみのなかで吾を失っていた作者の耳には、その釘の音が聞こえなかったのでしょう。出棺を茫然として見送った作者の姿が伝わってきます。

  ひとみいい子でせうとふと言ひし時いい子とほめてやればよかりし

自死を選ぶ前、長女は作者に甘えて「ひとみいい子でしょ?」と言ったのでしょう。そのとき作者は、自分に甘えようとした娘の内心に気づけなかった。なぜあのとき私は「ひとみはいい子よ」と言ってやれなかったのだろう、娘の苦しみに気づいてやれなかったのだろう……。娘の死後、作者はそう自問します。「ひとみいい子でせう」という口語が用いられていることによって、作者の痛切な心情がよりリアルに伝わってくる歌です。

  亡き子来て袖ひるがへしこぐと思ふ 月白き夜の庭のブランコ

死後1年が経ったころの歌です。月光が白く庭に照る夜、ブランコを亡き子が揺らしている。作者はそんな幻をまざまざと目にします。幸福であった娘の幼い日を思い出しているところに、かえって作者の深い心の痛みを感じてしまう歌です。

娘の死の3年後に発行した『母の歌集』のなかで五島は「私を狂はしめなかつたのは、矢張歌をつくることであった」と回想しています。五島は歌うことによって辛うじて娘の死という悲劇に耐えたのでした。

(大辻 隆弘)

「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。

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