伝統の田辺大根 地域の人々結ぶ広角鋭角 よみがえれ伝統野菜(6)

2011/5/6

耳寄りな話題

収穫した野菜で作った料理を楽しむ市民グループのメンバー(大阪府堺市)

「おいしいね」。大阪府堺市陶器北にある国の登録文化財、兒山(こやま)家住宅の庭で、地元市民グループによる2011年冬の収穫祭が1月下旬にあり、参加者は田辺大根など、なにわの伝統野菜を材料にしたシチューなどを存分に味わった。

この日集まったのは兒山家住宅の保存と活用を進める約15人。08年から隣接した畑(約5アール)で伝統野菜を育て、夏と冬の2回の収穫祭など年数回イベントを楽しんでいる。

「住宅だけでなく、周辺の自然環境や景観の保存も大切だという声があがって栽培を始めた」とメンバーの1人で同住宅に住む兒山万珠代さん(58)。週末を利用してメンバーが交替で水やりや雑草の除去などをしてきたという。

栽培の指導をしたのは大阪府立食とみどりの総合技術センターの元研究者で、なにわの伝統野菜の復活に長年力を注いできた森下正博さん(64)。「このグループのように、食の安全・安心と地域を見直そうという観点から、なにわの伝統野菜を復活させようとする機運が大阪の各地で高まっている」と話す。

典型的な例が、大阪市東住吉区田辺地区の特産としてかつて人気を集めた田辺大根の普及を進める地元市民グループの活動だ。田辺大根は1950年ごろ、宅地化の影響や病気の流行で姿を消した。その種が見つかったのは87年。市の農産物品評会で森下さんが偶然に発見、出品者から種を譲り受けて栽培した。

「種が残っている」。市民グループがその事実を知ったのは99年。「原産地の田辺で復活栽培できないか」と考え森下さんから種を分けてもらった。その上で「田辺大根ふやしたろう会」を結成。地域の小学校や住民に種を配り、栽培をお願いした。

それから10年余り。今では東住吉区の全ての小学校などに栽培が広がり、子供たちは収穫した大根で給食を楽しむ。同会も毎年12月に地元商店街で収穫した大根の品評会や大根の炊きだしを行い、1月には大根即売会などを開く。同会メンバーで主婦の谷福江さん(64)は「田辺大根は地域の人々を結ぶ材料になっている」と強調する。

こんな地元の動きに刺激されて大阪府は05年から17品目について認証制度を始め、なにわの伝統野菜の復活を後押ししている。

森下さんは「小学校での栽培が目立つが、ほかにも様々な動きがある。伝統野菜を次の世代に残していくためには、不ぞろいなものは漬物にするなど野菜の特性に応じた利用の仕方を考えるのが大切」と話す。

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