病気の厳しい現実、親身な助言と指導が勇気にピンボケおやじ記者が行く

右目0.4、左目0.04――。矯正視力である。ショックを受けた。

埼玉県所沢市にある国立障害者リハビリテーションセンター(国リハ)で2月28日、午前9時から午後4時半まで1日がかりで検査、診療、カウンセリングを受けた。最初の視力検査の結果を聞いて気持ちが落ち込んだ。1年前は両目とも0.5。最近小さい字がさらに読みにくくなっていた。

慰めは要らない、でもほしかった励まし

国立障害者リハビリテーションセンターで筆者の相談に応じるソーシャルワーカーの久保明夫氏(右、埼玉県所沢市)

「いい病院を探しているんです」。日本網膜色素変性症協会(JRPS)会長の金井国利さんに話すと、「国リハがいいですよ」と言う。金井さんは事前に国リハに同行してくださり、カウンセリング担当のソーシャルワーカーの久保明夫先生や眼科医の仲泊聡先生(第2診療部部長)を紹介していただいた。

この網膜色素変性症という病気と診断された8年前、大阪の医師は「治療法も進行を止める有効な手立てもない。進行は遅いが、視力を失うかもしれない」と言った。その説明に誤りはない。正確な告知は大事だが、気持ちが真っ暗になった。「取材して記事を書くのが仕事なんです」「続けるのがしんどくなるかもしれないな」「そうですか……」。慰めは要らない。でも、励ましてほしかった。

その後、兵庫県尼崎市の眼科医、遠谷茂先生に診療してもらった。「再生医療の研究が進んでいます。近い将来、治療できますよ。それまでに進行を食い止める手を打ちましょう」と前向きだった。病状の進み具合によって点眼薬や内服薬を処方してもらい、白内障の手術を執刀していただいた。

定年までおよそ3年半、何とか仕事を全うしたい

昨春、東京に転勤してからは主治医をあまり熱を入れて探さなかった。iPS細胞による網膜再生治療で近いうちに手術できるはずと楽観していたからだ。自分に都合のいい情報ばかりを拾い集めて、希望を膨らませていた。

国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)

iPS細胞は確かに画期的で、網膜の病気に悩む私たちにも福音だが、網膜色素変性症の治療にはまだいくつかのハードルがあるようだ。臨床試験のスタートは早くて5年後とされていて、手術にはさらに時間がかかる。

60歳の定年までおよそ3年半。嘱託で3年働けるとしても、在職中に手術はできないだろう。何とか仕事を全うしたいし、読書や文楽鑑賞などの楽しみも味わいたい。そのためには病気の進行を最小限に食い止めるのが不可欠だ。仕事にも趣味にも大切な読み書きが大きな支障なくできるようにしなければいけない。

そのための強力な後ろ盾として金井会長などJRPSの人たちが推薦してくれたのが国リハだ。何より患者本位だという。眼科についても網膜色素変性症を含めた「ロービジョン(弱視)クリニック」は患者の診察、治療、生活支援、カウンセリングなどに専門家がチームを組んで取り組んでいる。患者との交流にも長年取り組んでいて、JRPSの活動もずっとサポートを続けている。

回り道が長くなってしまった。診療の話に戻ろう。

視力検査をしてくれたのは、視能訓練士長の三輪まり枝さん。三輪さんは「はい、いいですよ」「見えてますよ」と優しく励ましながら検査を進める。網膜の写真を撮って仲泊先生の診察を受ける。