「頼もしい応援団」と出会い、勇気を得たピンボケおやじ記者が行く

日本網膜色素変性症協会(略称JRPS)の本部は東京の品川区南大井にある。京浜急行の大森海岸駅が最寄り駅で、ゆっくり歩いて10分ちょっとのビルの中にある。

駅からずっと黄色い点字ブロックが続いている。まだお世話にならなくても大丈夫だが、目印にさせてもらう。

「まだ大丈夫……」 でも時々、憂鬱に

筆者の取材を受ける日本網膜色素変性症協会の金井会長(右)と小林監事(1月30日、東京都品川区)

ただ、夜道は見えにくい。怖いのが無灯火の自転車だ。節電で薄暗い室内も困る。会社のロビーで知り合いの顔が判別できずに素通りして、後で「冷たいなあ」と言われることもたびたびだ。

昼間も安心できない。視野が狭くなっているので、混雑する場所では人にぶつかることがあるので、隅の方を慎重に歩く。天気が良くて日の光が強いと、今度は両目がハレーションを起こす感じで、まぶしくて見えづらい。矯正視力は0.5あるから、「まだ見えるぞ。大丈夫、大丈夫」と自分を励ましているが、時々、憂鬱になる。

JRPSを訪ねようと思ったのは、「クオリティー・オブ・ライフ(生活の質=QOL)の確立」を標榜しているから。生活の質の確立、つまり目が悪くても自立して前向きに、自分らしく生きるのをサポートしようというのだ。

分かりやすい資料や漫画、大助かり

資料や本などの細かい文字を見る「拡大読書器」(東京都品川区)

行ってみてよかった。いろいろなことを教わった。この病気のことを分かりやすく解説した資料をたくさんいただいた。漫画もあった。医師からもらう資料は難しく、おまけに字が小さい。いい解説書もなかったので大助かり。拡大読書器をはじめとする生活支援機器のことも知った。

同じ病気の人と話す機会がなくて、何だか心細かったが、明るく励まされた。私より病状が進んでいる人が多いが、元気で積極的なのに勇気づけられた。

監事の小林正志さん(64)は視野が10度ほどで、矯正視力は0.6。南大井で自動車やオートバイの部品をつくる町工場を営んでいた。20年前にこの病気が分かり、老後の備えに、と貸しビルを建てた。60歳のときにがんが見つかり、工場をたたんだ。JRPS本部が入っているのも小林さんのビルだ。目の症状も進んでいた。

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