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ことばオンライン

2012/11/6

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訳語の定着は明治半ばか

「大工の棟梁」語源説については、異論もあります。発案者はペリーの通訳だったというのが代表的な例です。

ただ、いずれにしても「大統領」という訳語がすぐに定着したわけではなさそうです。幕末から明治にかけての書物の訳例を見ると、「President」にはさまざまな表記が与えられています。

幕末から明治にかけての書物に見られる「President」の訳例
訳例書物名
國王フレシデンヱ海外異聞
監督華英通語
評議役ノ執頭、大統領 英和對譯袖珍辞書
大頭領西国立志編
大統領万国史略

「明治のことば辞典」(東京堂出版)などによると、「海外異聞」(1854=嘉永7年)では「國王フレシデンヱ」、「華英通語」(福沢諭吉訳、1860=万延元年)では「監督」、「英和對譯袖珍辞書」(1862=文久2年)では「評議役ノ執頭、大統領」、「西国立志編」(中村正直訳、1870=明治3年)では「大頭領」、「万国史略」(田中義廉編、1875=明治8年)では「大統領」となっています。「大統領」という言葉が定着したのはようやく明治半ばころになってからだと考えられています。

ところで、1879年(明治12年)に、米国のグラント元大統領が非公式に来日し、ちょっとした「大統領」ブームに国内は沸きました。グラント氏は米大統領経験者として初めて訪日を果たした人物。日光東照宮を訪問した際には、天皇しか渡ることを許されなかった橋を特別に渡ることが許されたものの、おそれおおいと固辞したことで高い評価を受けたといわれています。

普及の立役者は二代目左団次

「大統領」という訳語が、世間に定着するうえで功績が大きかった人物がもう1人います。歌舞伎役者の二代目市川左団次です。演説や芝居などで親しみをこめて呼び掛けるときに「いよっ、大統領!」ということばを使います。二代目市川左団次は米国に留学したり、ソ連(現ロシア)で歌舞伎の公演を行ったりして(1928=昭和3年)、海外交流に努めました。そんな彼の舞台をみながら、ファンたちは「大統領!」と声をかけるようになり、これがきっかけで大統領という言葉が日常生活にも広く溶け込んでいったようです。

歴代の米大統領は日本語訳の語源が「大工のかしら」と知ったら、どんな顔をするでしょうか。願わくは、誰が次期米大統領になろうとも「町人の偉い人」であることを忘れず、「世界」という名の家を、平和で安全に暮らせるように、しっかり建て直してほしいものです。(新谷博道)

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