ブラジルで間もなく開かれるサッカーのワールドカップ(W杯)。サッカーは世界で最も人気のあるスポーツとされ、W杯は世界中の注目を集める。この競技の呼び方には「サッカー」と「フットボール」の2つがあり、英国をはじめ世界的に主流なのは「フットボール」で、「サッカー」は米国や日本など一部の国だ。なぜ2つの呼び方が併存しているのか。
■日本での起源、英国海軍教官が余暇として伝える
サッカーW杯ブラジル大会の壮行会でサポーターとタッチを交わす日本代表選手(5月25日夜、東京都渋谷区)「サッカー」という呼び方は「Association Football」を短縮したものだ。
1863年、英国でそれまでバラバラだったフットボールのルールを共通化して協会(Association)が設立され、協会の定めたルールに基づくフットボールを「Association Football」(アソシエーション・フットボール)と呼ぶようになった。そして、Associationを短縮した「soc」に人を表す「er」をつけた造語ができ「Soccer」(サッカー)と呼ぶようになったという。
日本サッカー協会によると、1873年に英国海軍の教官らが海軍軍人の余暇として伝えたのが日本におけるサッカーの始まりとされる。
当時は「アソシエーション・フットボール」と呼ばれていたとみられ、東京大学(1918年創部)や早稲田大学(24年創部)など一部の伝統校のサッカー部は、現在でも部の名称を「ア式蹴球部」と呼んでいる。
日本で「フットボール」よりも「サッカー」という呼び名が定着した理由について、日本サッカー協会は「正確なことはわからない」としながらも、日本に「アソシエーション・フットボール」として伝わったことが影響しているのではないか、とみる。
■他のフットボール競技と区別
「サッカー」が広まったもう一つの理由として考えられるのが、ほぼ同時期に伝わった、他の「フットボール」との区別だ。
「アソシエーション・フットボール」とほぼ同じ時期に「アメリカンフットボール」や「ラグビーフットボール」も伝わり、「フットボール」だけでは複数の競技と混同されかねない状況があった。早稲田大のサッカー部は「ア式蹴球部」だが、34年設立のアメフト部は「米式蹴球部」。同じ「蹴球=フットボール」でも異なる競技があり、それを区別しなければならなかったことがわかる。
他の国を見ても、「サッカー」という呼び方が主流なのは、サッカー以外の人気スポーツとしてアメフトがある米国や「オージーフットボール」のあるオーストラリアなど。「フットボール」よりも「サッカー」という呼び方が定着したのは、他の様々な「フットボール」と区別しやすかったからではないかと推理できる。戦後「サッカー」という呼び方が普及した背景として、米国の影響を強く受けるようになったことを指摘する見方もある。
■競技場にも2つの呼び方
どちらの呼び方が普及?
「サッカー」 | 「フットボール」 |
米国 | 英国 |
カナダ | フランス |
オーストラリア | ドイツ |
ニュージーランド | スペイン |
日本 | ポルトガル |
韓国 | ブラジル |
南アフリカ | アルゼンチン |
サッカーで、米国流の呼び方と、英国流の呼び方が混在する例はほかにもある。「ピッチ」(英国流)と「フィールド」(米国流)というグラウンドを指す2つの呼び方だ。
サッカーの競技場はかつて「グラウンド」や「フィールド」と呼ばれていた。「ピッチ」と呼ぶようになったのは比較的最近のこと。日本経済新聞の紙面では1997年秋ごろからこの言葉が登場し始める。折りしも、日本のサッカー代表が、43年越しの悲願を達成し、W杯初参加を勝ち取った1998年フランス大会。そのアジア予選を戦っているころだ。
米国では競技場を「フィールド」と呼ぶが、サッカー発祥の地とされる英国では「ピッチ」と呼ぶ。その英国英語のピッチという呼び方が浸透していくのと並行して、日本代表チームも世界に打って出る実力をつけるようになった。98年フランス大会以降は、2002年日韓大会、06年ドイツ大会、10年南アフリカ大会と続き、今回の14年ブラジル大会で5回連続出場となる。
■「ピッチ」の浸透、日本代表の活躍と関連?
日本代表がW杯の常連になるに従い、中田英寿、川口能活などが、欧州のチームの門をたたき、今では欧州のリーグでプレーする日本人選手は珍しい存在ではない。世界水準のプレーを目の当たりにすることで、日本のサッカーファンの間でもピッチという呼び方が身近になったようだ。
現在は、日本サッカー協会も競技場を「ピッチ」と定めている。競技そのものを行うエリアを「ピッチ」とし、その周辺の芝生のエリアを「フィールド」としている。これまでは、競技場を含め漠然と試合会場全体をフィールドと呼んでいた。
今では日本代表の過半が欧州で活躍し、本田圭佑や香川真司など世界のトップ選手と肩を並べる選手も増えた。プレーする現場を「ピッチ」と呼び、ベンチと厳密に使いわけることで勝負へのこだわりが一段と強まったことを象徴しているのかもしれない。
(桑名正道、伊藤敏克)
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