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「燈」 文化・芸術関係では好まれ

2010/6/1

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日本経済新聞掲載の連載小説で「灯」の字が旧字体の「電燈」、新字体の「蛍光灯」と表記が分かれたことがあります。作者に尋ねると「蛍光燈では違和感があるから」との返答。「感覚的なもの」で片付けられてしまいそうな理由ですが……。

しかし「灯」が新字体(「燈」が旧字体)になった経緯を振り返ると、そうとは断言できなさそうです。というのも1981年にそれまでの当用漢字表に代わって常用漢字表が告示された際、唯一字体が変更された字だからです。「澤・體・榮」などの旧字体は46年の当用漢字表の告示で「沢・体・栄」などに改まり公文書から姿を消しましたが、燈はその後35年間も使われ続けました。もちろん教育の場にも当てはまります。作者も小学校で燈と習った世代で、この字になじみがあるのはごく自然なことなのです。

現在も意図的に「燈」を使っていると思われる事例には、一定の傾向が見て取れます。秋田の竿燈まつりに代表される伝統文化に根差すものや、文筆・芸術関係者に特に好まれている「レトロ」な表現手段。例えば今日では珍しくなった「ガス灯・幻灯」は、「ガス燈・幻燈」と書いた方が古めかしい雰囲気が出るといった具合です。今回の例もより古風な語であり、明治時代に使われ始めた電燈には「燈」、戦後になって広まった蛍光灯には「灯」を当てる方が作者にはしっくりと感じられ、冒頭の返答につながったと推測できます。

ちなみに灯と燈を使い分ける事例がありえないわけではありません。2字はもともと別字で、灯は特に「激しい火」を表していたからです。1000年近く前に中国で使われた古い読み(唐音)は燈がトン、灯はチン。行灯(あんどん)のトン、提灯(ちょうちん)のチンの由来もここです。今では旧字体と新字体の違いという関係になった燈と灯が、確かに別字だった証しをひっそりと伝えています。(中川淳一)

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