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「オリンピック」を「五輪」と表記したのは誰?

2012/7/24

ロンドン五輪開幕まであと3日。4年に1度の祭典を前に五輪関連の報道も盛り上がりを見せています。この五輪という言葉、今でこそ国語辞典にも「(五輪旗を用いるからいう)オリンピックの俗称」(広辞苑第6版)と出てきますが、実はオリンピックの訳語として使われるようになったのは、オリンピックの歴史から見ればそれほど昔のことではありません。今回は五輪がオリンピックの意味で使われるようになった経緯に迫ってみます。

見出しに「オリンピック」のルビをつけた紙面(1936年8月21日付中外商業新報朝刊)

まず五輪の漢字から連想されるのが中国での表記。漢字なので中国語に由来するのではないかと思われがちですが、実は無関係です。中国でオリンピックは発音に似た音をあてており「奥林匹克運動会」が正式表記で、前回の夏の北京五輪の際は「奥運」という略称も見られました。同じ漢字圏でも日本と中国では表記が異なります。

■発案したのは新聞記者

では、なぜ日本では五輪と表記するようになったのでしょうか。「当て字・当て読み 漢字表現辞典」(三省堂)のオリンピックの項目には「『五輪』はゴリンと読まれ、戦前に日本で新聞記者がスペースを節約するために造り出したもの」とあります。この記者というのが読売新聞記者だった川本信正氏(1907~96年)です。運動部記者としてオリンピック報道に携わり、32年のロサンゼルス五輪陸上男子100メートルで活躍した吉岡隆徳選手を「暁の超特急」と名付けたことでも知られています。戦後はスポーツ評論家として活動し、日本オリンピック委員会(JOC)委員も務めました。

川本氏は40年夏季五輪の東京招致(38年に返上)決定を巡る取材をしていた36年、オリンピックは6文字で新聞の見出しには長い、略せないかという相談を紙面の編集を担当する整理部から受けました。「国際運動」「国際運競」などと考えるなか、五つの輪がオリンピックのシンボルマークだから「五輪大会」はどうかと思いついたといいます。「『文芸春秋』に菊池寛さんが、宮本武蔵の『五輪書』のことを書いたんです。私、それを読んでいまして、あっ、これだと思ったんです。(中略)なるほどマークだし、五輪が、オリンピックのオリンと語呂が合うと言うんですね」(昭和史探訪3「戦火に消された『東京オリンピック』」)

実際、36年8月6日付の読売新聞では「五輪の聖火に首都再建」という見出しが躍り、その後もオリンピックという言葉と並んで「五輪大会」などと使われていくようになりました。

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