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夏に気になる二の腕、昔は「一の腕」だった?

2013/6/19

二の腕は「2番目の腕」?

そもそも、ウデという言葉ははるか昔、上代(主に奈良時代)では「手首あたりを指す語だった(日本国語大辞典第2版、小学館)」。肘から下は「タダムキ」と呼ばれていたが、いつしか「ウデ」がタダムキより多く使われるように。そして肩から肘までの部分は「カイナ」と呼ばれていた。大相撲の「かいなひねり」という技の名前で今も残る言葉だ。

肘から下を腕とするなら、かいなの部分は2番目の腕、という考え方からいつしか二の腕という言葉が広まった、という説もある。だが日葡辞書では、かいなについて「Caina(カイナ) 肘から手先までの腕」と記しており、やはり解釈が異なる。

ただ、新明解国語辞典(三省堂、第7版)は、大辞林と同様に、日葡辞書を根拠に「一の腕」の項目を設けているが、二の腕の項目でこんな注釈をつけている。

「現在、肘から手首までの部分の意味で用いられることはほとんどない。もと誤用から出発した肩から肘までの部分が主用」

もともとは、今でいう二の腕の部分は日葡辞書が記すように一の腕とするのが正しく、二の腕というのは誤用だった、という解釈だ。

大正時代、肩を露出したドレスが流行

二の腕は、本当は一の腕だったのか。それともやはり二の腕だったのか。400年以上前に作られた外国語辞書が巻き起こす、二の腕をめぐる混乱。正解を出すのはなかなか難しそうだ。

ただ、儒教の影響を強く受け、人前で肌を見せることなど厳禁だった日本の風習をもとに考えれば、腕の部分でも主役級の印象を与える「一の腕」という言葉よりは、着物の袖の奥に隠した二番目の腕、というニュアンスが出る二の腕という表現のほうがふさわしくも思える。江戸時代には、自由な恋愛が許されなかった遊女が、入れ墨で好きな男性の名前を彫り、秘めた愛をこっそり表現する場所でもあったくらいだ。

そんな二の腕を女性が人目にさらすようになったのは、大正時代のダンスホールブームがきっかけとされている。肩を出したドレスを着て、ダンスに興じる女性たちが二の腕出しを解禁し、水着でもノースリーブが流行した。

二の腕美人はオバマ大統領夫人

これは若い世代に限ったことではない。1964年(昭和39年)の読売新聞では、「美しく二の腕を 中年のご婦人もどうぞ」と題して、「若いお嬢さんだけでなく中年のご婦人も遠慮なく二の腕をだしてほしいものです」と中年女性に向けて「二の腕出しのススメ」をしている。

現代の「二の腕美人」の象徴も、実は若い女性ではない。米国形成外科学会(ASPS)が今春行った調査では、女性が最も憧れる腕の持ち主は、1位がミシェル・オバマ米大統領夫人(49)。2位は女優のジェニファー・アニストンさん(44)だった。

同学会によると、ミシェル夫人のような美しい腕になりたいと、米国では二の腕の脂肪を除去する美容整形手術の人気が急上昇。2012年には全米で1万5000人超が手術を受けたという。手術費用は平均で約4000ドル(40万円)かかるそうだ。

手術に頼らない方法としては、ミシェル夫人が日ごろ行っているような、ハードなトレーニングが必要。米誌によると、午前5時前に起きて、全身のトレーニングを欠かさなかった結果の「美腕」だという。

「運動するか、それともやはり隠すか。それが問題だ」。再びハムレットの心境にならざるを得ない腕の持ち主にとっては、夏を迎えて、「二の腕問題」を解決する奥の手がなかなか見つかりそうにない。

(武類祥子)

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