横に網を干していたから?

とはいえ横網と角界とは浅からぬ縁がある。1909年に完成し、蔵前移転まで使われた初代国技館があったのは、JR両国駅を挟んで目と鼻の先の両国地区。1657年(明暦3年)に起きた明暦の大火の犠牲者供養のために両国地区に建立された回向院の境内で、公共事業の資金集めに勧進相撲が興行されたことが、大相撲の起源につながっている。横綱白鵬が所属し、元横綱吉葉山が1960年に再興した宮城野部屋も、80年までは横網2丁目に部屋を構えていた。

それでもなお残る謎は、地名の由来だ。隅田川に注ぐ日本橋川沿いにある小網町(現中央区日本橋小網町)と同様、横網も網の字が隅田川沿岸の漁業と関係しているといわれている。「東京の地名由来辞典」(2006年)はこんな説を披露している。「郷土史家によれば、漁師が横に網を干していたからともいう。江戸時代初期にこの辺りは海苔(のり)干場が広がっていたことから海苔採り網を干す風景からの呼び名か」

心理学からも裏付け

それにしてもなぜ横網と横綱の間違いが今もなくならないのか。「国技館がある相撲の町」との思い込みや、綱と網は同じ糸偏で、旁(つくり)も5画目まで一緒という単純な類似性だけでは片付けられない。臨床心理士でもある森田麻登・帝京学園短期大学助教(心理学)は「事実(この場合は横網という字)をそのまま見て処理しているのではなく、先入観や元から持っている知識で補完して頭の中で再構成するために、本当のものが見えなくなっているから」だと解説する。

例えば横に続く字が糸偏で、つくりに冂(けいがまえ)が使われている時点で、冂の内部を確認しないままその文字が綱だと判断してしまうといった具合。記憶を処理する際、既に持っている固定観念などで補ったり、細部をはしょったりするほうが日常生活では効率的であり、心理学的にも裏付けがある現象だという。

「ところどころ誤字脱字等で間違った文章でも、本来意図した通りの字で読めてしまう」とも指摘する。実際にはない音や声が聞こえたように感じる「空耳」の視覚版として近年注目されるようになった「空目(そらめ)」も、元から持っている知識で補完しているということで、同様に説明できるわけだ。

例えば「北海道の道庁所在地、礼幌市の花屋でドライフワラーを買う」を「札幌」「フラワー」と錯視するようなもの。空目は最近できた造語ではなく、平安時代の10世紀後半に成立した「宇津保物語」でも使われている由緒正しき言葉。千年の時を経てもなお、人の世から見間違いや読み間違いはなくならない。

注目記事