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睡眠

深夜、眠りながら自覚なく食べまくる謎の病

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/5/17

PIXTA
ナショナルジオグラフィック日本版

夜、いったん寝床に就いたあとにまた布団から起き出して物を食べていると家族に指摘されたが、そのことを全く憶えていないという体験をお持ちの方はいるだろうか。

知らない間に体重が何kgも増えた、なぜか冷蔵庫の食材がなくなっているような気がする、などの体験は?

いずれか1つでも思い当たる節があれば「睡眠関連食行動障害(睡眠関連摂食障害)」の可能性を考えてみる価値がある。この睡眠障害と無縁の人には、何を言っているのかわけがわからないかもしれない。だが実際に、夜、眠っている間に起き出して、眠りながらがっつり食べてしまい、しかもまったく覚えていない病気があるのだ。

「寝てたら食べられないだろう」「咽(む)せるんじゃないか」などの疑問があると思うが、実際には半覚醒状態のまま器用に冷蔵庫から食材を探しだし、開封し、時には包丁で切ったりして、キレイに平らげる。中には電子レンジやミキサー、コンロを使って調理するケースすらある。とはいえ、なにせ睡眠中なので火傷をしたり、缶詰の縁で手を切ったりと危ない目に遭うこともあるので要注意だ。

食事内容はかなりキテレツであることが多い。一般的には炭水化物や脂質などを好んで食べる。しかし、要加熱の生もの(生肉など)や冷凍食品、ペットフードなど、眉をひそめたくなる奇妙なレシピとなることも。当然ながら、起床後に胃の不快感や吐き気を訴える患者もいる。なぜ気持ちが悪いのか、本人は理由を知らないのだが。

ちなみに、大酒飲んで気づいたらラーメン屋にいた、とか、はっと気づくと映画を見ながらポテチを1袋食べていた、とかいうケースは含まない。アルコールによる健忘(記憶障害)などではなく、あくまでも睡眠中の行動であるが故に食べたことを思い出せないのである。

(イラスト:三島由美子)

■大学生では約5%が体験。深夜のドカ食いとも別

意外に感じられるかもしれないが、この病気は比較的「よくある病気」である。十分に信頼の置ける大規模な有病率調査は行われていないものの、一般の大学生を対象にしたある調査では約5%が同様な経験をしたことがあると回答しているほどだ。いわゆる拒食症や過食症などの摂食障害、ダイエット、ストレスなどが誘因になることもあるが、原因が不明のケースも少なくない。

自分の症状に気づいたとしても、それが病気なのか自信が持てなかったり、またどこに相談したらよいか分からないためか、睡眠障害外来に相談に来る人はさほど多くない。世間でもあまり話題になっていない。しかし、週に何晩も、時には一晩に何回も食行動が出現するような重症例では、体重が増えるなど体の変化も生じてくるので様子見を決め込むわけにはいかなくなる。時には糖尿病や脂質異常症など病気を合併したり、持病を悪化させてしまう場合もある。

ちなみに、睡眠関連食行動障害と勘違いしやすい病気に夜間摂食症候群がある。名前も似ているので実に紛らわしい。夜間摂食症候群は就寝前や夜間覚醒時に何か食べたくて仕方がない、我慢できずに食べてしまうのが特徴だが、食べている間もしっかり「目が覚めている」。夜中に炭水化物が欲しくなってついついスナックやカップ麺などに手が出てしまう経験は誰しも持っているのでは。夜間摂食症候群はその重症型と考えればイメージしやすいだろう。

一方、睡眠関連食行動障害はそれとは全く違う病気。ポイントは食行動の間も目が覚めていない、眠り続けたまま食べている点である。逆に言えば、このような異常な食行動は眠っている間にだけ出現する。仮に食事中に何かの刺激で目覚めれば食行動はストップする。つまり覚醒中も食がコントロールできない摂食障害とは本質的に異なる。

それにしてもキッチンで調理や食事までしてもナゼ目が覚めないのだろうか。そもそもナゼ眠っているのにそのようなまとまった行動ができるのだろうか。

■眠りながら食べまくる症状の記録動画も

睡眠関連食行動障害の原因は十分に解明されていないが、比較的深い睡眠から食行動が始まり、しっかりとした覚醒に至らないままに食事を続けてしまう一種の覚醒障害(目覚めの神経システムがうまく働かない)であることが分かっている。そのため、驚いた家族が声をかけてもなかなか目を覚まさないことが多い。エピソード記憶(起こったイベントの記憶)や判断力を司る前頭葉は睡眠状態のまま、運動(側頭葉)や視覚(後頭葉)を司る他の脳領域は覚醒状態に近いなど、脳がまだら上に覚醒(睡眠)しているのだと主張する研究者もいる。

「深い睡眠中に異常行動が出現して起床後に全く憶えていない」と聞くと、夢中遊行(夢遊病)を思い出す読者もおられるだろう。夢中遊行(むちゅうゆうこう)については「睡眠中に手をガブリ、その理由とは」で取り上げた。確かに、睡眠関連食行動障害と夢中遊行には共通点が多いが、睡眠関連食行動障害では異常行動が食行動に集中している点がユニークである。

なぜ睡眠中に食行動という限定された行動が出現してしまうのか、そのメカニズムは不明である。先にも書いたように摂食障害やダイエット中の人でしばしば見られることから、食に関する認知の歪みや潜在的な食欲の高まりがトリガーとなって場合もあるようだ。

懸念されるのは、この睡眠障害は長丁場の闘いになることが臨床研究で明らかになっている点である。夜間の食行動が10年以上も続いているケースも報告されている。「原因不明の」肥満に悩み続け、さまざまな医療機関で診察を受けたが原因が分からず、長期間を経てようやく睡眠関連食行動障害の診断を受けた人もいる。

残念ながら治療法は手探りで進めているのが実情である。抗うつ薬や睡眠薬、ある種の抗てんかん薬、心理療法などによって症状が軽減することがある。お酒やカフェインも控えた方がよい。何もしなければ症状は遷延することが多いので、ご心配であれば睡眠医療の専門施設に相談に行くことをお薦めしたい。

Youtubeに米国VOAが睡眠関連食行動障害の番組を公開している。中年女性の夜間の食行動の映像記録とともに、詳しい症状や治療経過がレポートされている。ご興味のある方はどうぞ。(https://youtu.be/4cFP4uoXlIw)

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年3月31日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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