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今や小学生からお年寄りまで知っている無料対話アプリのLINE。生みの親、森川亮・前LINE社長(現C Channel社長、49)は、もともと音楽の仕事がしたくてテレビ局に就職した。ところが、大学の専門が災いし、任された仕事はシステム開発。何とかキャリアチェンジしたい。一念発起し、働きながら経営学修士(MBA)を取得した。それが結果的に、後のLINEの誕生へとつながった。

子供のころから多芸多才、学習意欲が旺盛だった。

小さいころから音楽が好きで、小学生のころは、歌手としてテレビに出演したこともありました。次に楽器にはまり、ピアノ、ギター、ドラムなど、メジャーな楽器は一通り習得。高校でシンセサイザーと出合い、コンピューターにも興味を持つようになりました。これからは曲を作るにもコンピューターの知識が必要になると思い、筑波大学の情報工学に進学しました。

大学でも音楽活動を続け、音楽にかかわれる業界で仕事をしたいとの思いから、日本テレビに入社しました。ところが、配属されたのは思いもしなかったシステム部。大学の専攻が裏目に出ました。

仕事はコンピューターシステムの開発で、日本で初となる選挙の出口調査のシステムや、視聴率分析のシステムの開発を手掛けました。視聴率分析システムは業界で結構話題になり、講演依頼が相次ぎました。

でもやはり違う仕事がしたい。しかし皮肉なことに、仕事で結果を出せば出すほど、異動が遠のいていきました。

だったら会社を辞めようと思い辞表を出したら、好きなことをやっていいからと慰留されました。それで、インターネット事業を立ち上げ、会社のホームページを作って広告を売ったり、動画の有料配信を始めたりしました。今の日テレのホームページは、もともと私が作ったものです。

そのころから、経営への興味が徐々にわいてきました。ちょうど、日本企業が、コンピューターシステムの導入による経営のコストダウンや業務プロセスの改善に力を入れ始めていた時期。ですから、システム開発の仕事をしているとおのずと経営について考える機会も多く、それが経営への関心につながったのだと思います。

好きなことをやらせてもらえるようになったとはいえ、エンジニアという社内の私へのイメージは、変わりはありません。事業企画の仕事でキャリアパスを作るためには、何か会社にアピールできるものが必要だ。頭に浮かんだのが、MBAでした。

働きながら、青山学院大学専門職大学院国際マネジメント研究科(青山ビジネススクール)に通い始めた。

当時は、仕事をしながら通えるビジネススクールは限られていて、いくつかある選択肢の中から、戦略論に強い青学のビジネススクールに通うことにしました。

授業は夕方からなので、授業のある日は、夕方いったん仕事を中断して学校に行き、授業後、再び会社に戻って仕事というスケジュール。月100時間ぐらい残業していましたが、仕事は基本、一人でやっていたので、時間のやりくりはそれほど大変ではありませんでした。

それに、仕事は頑張っても結果がでないことが多々ありますが、勉強は頑張っただけ結果が出ます。ですから、予習や課題のリポートはきついという思いより、楽しさが上回りました。

答えのないビジネスの世界について学ぶことが刺激的だった。

特に印象に残っている授業は、ハーバード出身の石倉洋子先生が教える、ケースを使った戦略論の授業です。ビジネスは、これが正解というのがない世界ですが、正解のない中で自分の意見を述べ、議論を戦わせながら新しいことを学んでいく。それが最高に楽しく刺激的でした。一緒に学ぶ他業種の人たちから業界の裏話が聞けるのも、面白かった。

ただ、ビジネススクールで学んだことが具体的な形ですぐ仕事に役立ったかといえば、残念ながらそうではありませんでした。当時のテレビ局というのは、フレームワークや戦略といったMBAの世界とは程遠い世界。周りは、誰もそんなことに関心ありませんし、MBAの知識を振りかざすと余計な波風を立てるので、むしろ学んだことを出さないようにしていました(笑)。

ビジネススクールに行って一番大きかったのは、自分に自信がついたことです。それまで会社では、ビジネスについて議論することも、会議でプレゼンすることもなかった。だから、自分がビジネスパーソンとして果たしてどれくらいのレベルなのか、わからなかったし、自信もありませんでした。

ビジネススクールは、ある意味、いろいろな会社の人たちと戦う場です。そこである程度、結果も出していたので、自分に自信を持ちました。ビジネスパーソンとしての実力も付いたと思います。例えば、ある経営課題があった時に、数字をこう分析すればこういう課題がわかるとか、問題解決するにはこういうフレームワークを使うとか、ビジネスを深く掘り下げる力が身に付きました。

社内でのキャリアチェンジを目指しビジネススクールに通い始めたわけですが、卒業するころには、今の自分なら会社を辞めても食べていけるかなと、正直、思いました。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

(下)森川氏が語る「LINE」誕生秘話 >>

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