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高齢者の運転免許返納 看護師、体を気遣い説得 前橋市、タクシー代を半額補助

2016/4/20

免許証返納相談室には連日のように相談者が訪れる(静岡市の静岡南署)
認知能力や運動機能の低下が原因で、高齢の運転者が引き起こす交通事故は相変わらず多い。相談窓口に看護師を置いたりタクシー料金を大幅に補助したりして、運転免許証の返納を促す新しい取り組みが全国で広がっている。成果が上がれば、心配が絶えない家族にとっても朗報となりそうだ。

「もう潮時かな」。鹿児島県姶良市の谷口高雄さん(82)は2015年5月、免許を返納した。ブレーキを踏む力が弱まり、何回か追突しそうになった。ただ、谷口さんのように素直に返す人ばかりではない。家族が説得しても本人がかたくなに応じず、こじれる例がある。

熊本県警は専門家の力を借りて相談に応じる新たな取り組みを始めた。15年1月、熊本県の運転免許センター(菊陽町)の「運転適性相談窓口」に看護師を配置した。現在、3人のベテランが本人や家族の相談に乗る。その一人、中村明子さん(65)は長年、養護教員を務め、行政の保健相談員として活躍した。

それまでは警察職員のみで応対していたが物忘れか認知症かの判断は難しい。中村さんは相手の話に耳を傾け、レベルを見極めて返納を勧めるか決める。「返納しろと頭ごなしに言うのは逆効果。返せば家族が安心すると諭し、本人が納得するまで説得する」

先月、窓口を訪れた熊本市の柴田敏行さん(77)は、埼玉県から付き添いに来た息子(46)と中村さんの説得で返納した。柴田さんは週2回、中学校へ卓球の指導に行く際、車やバイクを使う。息子は父親の物忘れが激しいと心配し、返納を説得していた。

窓口に来るまでは「返納する気はなかった」と柴田さん。だが、粘り強い話に心を動かされ、「息子がわざわざ来てくれたんだから」と返納に応じた。息子は「ホッとした。ただ、行動範囲が狭まるのも心配。もっと行政の支援がほしい」と訴える。

◇   ◇

看護師の効果は早くも表れている。15年の熊本県内の返納件数は3千件弱と、配置前の14年より4割近く増えた。この動きは他県にも広がり、例えば鳥取県は15年12月に、宮崎県は今年4月に、免許センターに看護師を配置した。

静岡南署(静岡市)は14年9月に専用の「運転免許証返納相談室」を設けた。設置以降、連日のように相談者が訪れる。同署の返納件数は設置前より4割増えた。

岸本美佐子さん(82)は先月末、相談室を訪れ、原付きバイクの免許を返した。2年前まで勤めた食品店にはバイクで通勤した。退職後も外出に使っていたが、事故を心配した息子(55)から返納を強く迫られ決めた。今はバスをよく利用する。「自分で運転するより気が楽」と笑う。

返納を阻む最大の理由は代替移動手段が乏しいことだ。免許保有率が全国一の群馬県の県都、前橋市は返納者を含む高齢者らを支援するため、1月から乗り合いタクシーの料金を大幅に補助する制度を始めた。他の地域ではあっても1割引程度だが、前橋市は1人で乗った場合、半額(上限1000円)を補助する。

清水吉郎さん(81)は制度開始を機に免許を返した。タクシーが利用しやすくなると思い決断した。通院でタクシーに乗ると片道約1500円かかるが、半額で済む。「家計が助かる」と清水さん。市によると利用者は順調に増え、当初見込んでいた年間予算(約3000万円)を大幅に上回る勢いだ。

◇   ◇

シニア事情に詳しい東北大の特任教授、村田裕之さんは「認知症の高齢者は返納させるべきだが、グレーゾーンの人には運転可能な年齢を延ばす視点も必要」と言う。交通機関が乏しい地方では車は欠かせない生活の足だ。「講習で脳トレーニングや筋トレを義務付けて運転可能な年齢を延ばせば、健康的な生活を少しでも長く送れるはずだ」

25年には団塊世代がすべて75歳以上になる。75歳以上になると運動能力が下がり、交通事故の危険性は高まる。事故の増加を引き起こさないよう、今まで以上の効果的な対策を講じることが求められる。

◇   ◇

■高齢者運転の事故、18%にも

交通事故が減る中、高齢者の運転による発生件数は高止まり傾向が続く。警察庁の「交通事故の発生状況」で、原付きバイク以上の運転者による全国の交通事故件数を年齢層別にみると、2015年は65歳以上が全体の19.7%と高い。件数は07年以降、10万件台で推移する。

事故を未然に防ごうと、警察は運転に不安を覚える高齢者の免許返納に力を入れている。身分証明書として免許証を持ちたいと思う高齢者が多いため、自主返納者には代わりになる運転経歴証明書を発行し、返納を後押しする。

こうした施策の効果もあり、自主返納件数は着実に増えている。警察庁の「運転免許統計」によれば14年は初めて20万件を超えた。13年に比べ5割増というハイペースだ。とはいえ65歳以上の免許保有者は年々増えており、そのうちの返納者の割合は1%程度と少ない。返納者の増加がどこまで事故防止に役立つかは未知数だ。

(高橋敬治)

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