記録を捨ててもダメ 国税調査官は調べ上げる

毎日、現金を触る商売をしていると、ふと魔がさして売上金をポケットに入れてしまいたいという誘惑に駆られる人がいるようです。1回が2回に、2回が3回に――。回を重ねるごとにやめられなくなり、次第にそのことを隠すことを考え始めるのです。売り上げ記録が隠滅された場合、国税調査官はどのようにして調査をするのでしょうか? 今回は記録が残されていない場合の調査の方法である「推計課税」を取り上げます。まず、若手経営者Aさんとの対話をご紹介しましょう。

A:「飯田先生。ちょっと聞いてもらってもいいですか? 僕の地元のツレから相談受けてることについての相談なんですけど……」
飯田:「なんかややこしそうやねぇ。ややこしい話に巻き込まれるんは勘弁してほしいねんけど」
A:「いえ、大丈夫です。飯田先生には、迷惑かからんようにしますから」
飯田:「ホンマに? それやったら、どうぞ」
A:「実は、僕のツレのB男のことなんですけど、B男は実家が散髪屋やってて、最近2号店を出店したんです。で、将来はB男が後を継ぐことになってるんです。で、この前、B男が実家に帰って来たとき、その2号店をのぞきに行ったら、店長がお客さんからもらった金をレジに入れずに自分のズボンのポケットにねじ込んだとこを見てしまったそうなんです」
飯田:「あらまあ」
A:「それでB男は、そのことを親父に言うたらしいんですけど、『ホンマに見たんか?』って逆に怒鳴られたんです」
飯田:「ふむふむ」
A:「親父さんは、『2号店の店長はお客さんからも評判いいし、わしは信頼してるんや。もし、金をポケットに入れたいうんがホンマやったとしても、わしが見たときに注意するからお前は何も言うな!』って言ったんやそうです」
飯田:「へぇ~」
A:「B男は、2号店の店長が金をポケットに入れたとき、きょろきょろしてサッとポケットに入れたから、絶対に初めてと違うって思ったって言うんです。そやからB男はあの店長に2号店を任せてていいのかって、ものすごく心配してるんですけど、親父は聞く耳持ってくれないんやって……」
飯田:「なるほどね~」
A:「やばいでしょ」
飯田:「そやね~。散髪屋さんって現金商売やからね」
A:「で、僕思い出したんですよ。子どもの頃、B男と一緒に遊んでて店に行ったら『これでお菓子買っといで、Aちゃんの分もな!』って、おばちゃんがレジから金出してB男に渡してたの。きっと、B男の実家の散髪屋は、昔から売り上げ管理はずさんやったんやと思います」
飯田:「まず、B男さんはお父様が築いてくださったお店があるから、今の自分があるってことに感謝する気持ちを伝えることが大事やろね。意見するのは、その後かな?」
A:「なるほど、そうですよね。B男にそう言ってみます。でも、散髪屋って現金商売でレジ打ってないとこ多いし、領収書をくれっていうお客さんも少ないやろし、やりたい放題ですよね」
飯田:「まあ、そう言ってしまうと身も蓋もないけど……」
A:「もしレジペーパーも捨ててるし、伝票も捨ててるとかなったら、税務調査ってどうやって調べるんですか?」
飯田:「そこが調査官の腕の見せ所みたいになるんやけど、散髪屋さんやったら、う~ん、ネックロールかな?」
A:「えっ? ネックロール? なんです、それ?」

意図的に税金を少なく申告しようとする場合、税理士にはできあがった帳面を見せて申告書の作成を依頼し、「原始記録」と呼ばれる売上伝票やレジペーパーなどを捨ててしまうことがあります。そんなとき調査官たちはどのように実際の売上金額を算定するのでしょうか。

それは「推計課税」です。税務調査の際、調査官たちは帳面に書かれている数字を付き合わせてばかりいるのではありません。帳面に書かれている数字が真実ではないと判断した場合、「正しい売上金額を再現するには、何をもとにして計算すればいいのか」を考えるのです。

理髪店の場合、お客さんの首に巻く紙があります。「ネックロール」とか「理容衿(えり)紙」などと呼ばれるものです。まず、調査官は消耗品費のページで400枚入りのネックロールが計上されているのを見て質問します。当初は売上金額を2592万円で申告していたとしましょう。

調査官:「ネックロールは1つ1000円なんですね」
理髪店経営者:「はい」
調査官:「何枚入っているんですか?」
理髪店経営者:「400枚です」
調査官:「昨年は、何年分かまとめて買ったんですか?」
理髪店経営者:「いいえ、ストックはありません。その都度、買ってますから」
(ここまで、確認しておいて、さらに質問をします)
調査官:「毎年2万円分くらい買っておられますが、1人に何枚使うんですか?」
理髪店経営者:「そんなもん1人1枚に決まってますがな」
調査官:「ですよね。じゃあ2万円÷1000円で20パック。1つに400枚入ってるから400枚×20パックで8000枚。1年間に延べ8000人のお客さんが来られた計算になるんですけど、いかがですか?」
理髪店経営者:「そんな計算したことないけど、まあ、そういうんやったらそうやろなと思いますわ」
調査官:「こちらのお店の散髪代、5400円ですよね。5400円×8000人で4320万円。申告されている売り上げは2592万円。これはどういうことですか?」

という感じで調査は進んでいくのです。

調査官たちは、時代ととも生まれてくる様々な業種に精通し、正しい申告金額を導き出すにはどの数字を使えばいいのかを日々考えているのです。

けれどもこの推計は、調査官でなくてもできるのです。経営者の方も税理士も、申告書を提出する前には調査官目線で、色々な角度から申告内容をチェックすることが必要だと思います。それを社内で周知徹底すれば、従業員の人間性を高めることにもなり、店の売り上げをポケットに入れるようなことも防げるのではないかと思います。そうやって企業努力を続けることが、税務調査と縁遠い企業を構築することになり、企業の永続的発展にもつながるのだと思います。

飯田真弓(いいだ・まゆみ) 税理士。産業カウンセラー。日本芸術療法学会正会員。初級国家公務員(税務職)女子1期生。26年間国税調査官として7カ所の税務署でのべ700件に及ぶ税務調査に従事。在職中に心理学を学び認定心理士の資格を取得。2008年に退職し12年(社)日本マインドヘルス協会を設立し代表理事に。関西弁でテンポ良い税務調査の講演やメンタルヘルス研修(ワークショップ)は「眠くならない!」と好評。著書に『税務署は見ている。』『B勘あり!』(ともに日本経済新聞出版社)。DVDに『税務調査に選ばれる企業の共通点』(H&W)他。facebookに「税務署は見ている」研究会(https://www.facebook.com/zeimushohamiteiru)。
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