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カリスマの直言

国民は日銀の姿勢に共感していない(加藤出) 東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2016/4/18

「日銀が大胆な金融緩和策でどれだけ金利を押し下げても、国民が日本経済の将来を悲観していたら、企業の国内での投資や家計の消費は活発にならない」

「長い目で見たとき、日本経済の成長力について、どう思いますか」。日銀は四半期ごとの「生活意識に関するアンケート調査」で毎回この質問を行っている。

足元や目先の景況感よりも、この質問の回答は重要である。なぜなら、日銀が大胆な緩和策でどれだけ金利を押し下げても、国民が日本経済の将来を悲観していたら、企業の国内での投資や、家計の消費は活発にならないからである。

「より高い成長が見込める」と答えた割合から「より低い成長しか見込めない」と答えた割合を差し引いたDIは、この3月調査(有効回答者数2146人)で、日銀が異次元緩和策(量的・質的緩和策)を開始した2013年春以降最も低い水準に落ちてしまった(グラフ1)。

また同調査の、物価上昇に関する受け止め方に関しては「どちらかと言えば困ったことだ」と答えた割合が84%に上昇し、異次元緩和開始以来最高の数値となった(グラフ2)。日銀はインフレ率を高めたいのに、国民はそれを嫌がっている。それでは前向きな消費は起きにくい。

ちなみに、ナウキャスト社(東京・文京)による3月調査(有効回答者数1万1273人)でも、「日銀の物価目標2%は望ましいか」という質問に、「望ましくない」「やや望ましくない」と答えた割合は71%にも及んだ。

日銀にとっての現時点で最大の問題は、多くの国民が日銀のスタンスに共感できていない、あるいは懐疑的になってしまっている点にあるだろう。

日銀は3年前の4月に、「2年程度でインフレ率を2%に押し上げる」と宣言して異次元緩和策を開始した。明確なコミットメント(約束)と大胆なアクション(国債の大規模な買い入れや、上場投資信託=ETF=などのリスク資産購入)が人々の期待をジャンプさせ、早期のインフレ目標達成につながると日銀は言っていた。日銀は期待の経路(チャネル)に働きかけることが非常に重要だと言うが、国民は逆方向に反応してしまっている。

それは自然な反応ともいえる。13~15年までのアベノミクスの3年間のインフレ率(消費者物価指数総合から生鮮食品を除いたもの、消費増税要因調整後)の平均はプラス0.52%だった。10~12年の3年間の平均はマイナス0.43%だったので、緩やかではあるが上昇した。だが、実質国内総生産(GDP)成長率(四半期ごとの平均、年率換算)はアベノミクスの3年間はプラス0.68%と、10~12年の3年間のプラス1.39%から低下した。つまり、インフレ率は上昇したのに経済成長率は悪化したのである。

人々の所得が増加して、結果的にインフレ率が高まることは多くの国民に歓迎されるだろう。しかし、金融緩和策で円安を起こして、輸入物価上昇を先行させながら物価を押し上げようとすると、まずは生活コストが上昇してしまう(食品価格はこの3年で9.3%も上昇)。それは消費全般にはいい効果を及ぼさない。金融政策の限界が明確に見えてしまった3年間ということもできるだろう。

日銀は実質金利の低下は経済を上向かせると度々主張している。しかし、それによる効果の本質は、将来の消費や投資を手前に持ってくる「前借り」効果である。長く超低金利が続いた日本では前借りはすでに行われている。しかも生産年齢人口が激しく減少していく中では、前借りできる需要は将来にあまり残っていない。一段の金利低下による景気刺激効果は限られるだろう。さらに、米連邦準備理事会(FRB)がドル高に不寛容になったことで、金融緩和による円安効果も以前のようには期待できなくなった。

しかしながら日銀は1月29日に、2%のインフレ率が「安定的に持続するために必要な時点」まで、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和を継続する」と宣言してしまった。日銀政策員会の主流派は、揺るぎない決意を示せば国民は必ずついてくると思っているようだが、それは裏目に出たようである。

前述の日銀の四半期ごとの調査で「金利が低すぎる」と答えた割合が、この3月はかつてない激増ぶりだった(グラフ3)。ある種の「負のショック」が国民の間で発生したと見なすことができる。

日銀が現在ウェブサイトのトップページに掲載している「教えて!にちぎん:5分で読めるマイナス金利」には、「100万円預けて1年間の利息が200円だったのが10円になったということです。消費を悪くするほどの規模ではありませんよね」と書かれている。

確かに、既にゼロ金利に近かった預金金利がさらにゼロ%に近づくことで減る利息収入の額は、多くの消費者にとって決定的なものではないだろう。しかし、日銀が過去3年やってきた戦略そのものが国民に理解されていないのに、さらに日常感覚から遊離した異様な政策が導入されてしまった。国民は困惑するばかりだろう。

ナウキャスト社の3月の調査でも、マイナス金利政策を「望ましくない」「やや望ましくない」と答えた割合は83%にも及んだ。この先金利のマイナス幅拡大を日銀が無理に行うと、人々は再び防衛的なマインド、つまりデフレマインドに傾いてしまう恐れがある。

前回のこのコラム「日銀の北風政策は的外れ 経済の地力強化こそ」でも触れたが、日銀が“北風”を強く吹かせるだけでは人々は前向きな気持ちにならない。インフレ目標2%の早期達成のためならマイナス金利も含めたあらゆる手段を講じてみせる、といった態度を示し続けるのではなく、日本の潜在成長率を押し上げるための地道な構造改革をじっくりとサポートしていくスタンスに日銀は転換すべきだろう。

加藤 出(かとう・いずる) 1965年生まれ。88年3月横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資(株)入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ(株)取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析している。07~09年度に東京理科大学、中央大学で非常勤講師。主な著書に「日銀は死んだのか?」(日本経済新聞社、01年)、「バーナンキのFRB」(ダイヤモンド社、共著、06年)、「東京マネー・マーケット」(有斐閣、共著、02年、09年)、「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。

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