女性の成長に必要な、上司の「3つのK」
日経BPヒット総研所長 麓幸子
この4月、大学を卒業し就職した約40万人の新入社員は、まだ研修期間だろうか。それとも研修を終えて初任配属先でキャリアをスタートさせているだろうか。キャリア形成にとって初めての職場で出会う初めての上司はとても重要だ。女性活躍の観点からいうと、社会人デビューした女性フレッシャーズたちには、どうぞゆるめの優しい上司ではなく厳しめの上司に出会ってほしいと切に願う。
なかなか育たない女性管理職
女性活躍推進法が施行され、各社とも女性活躍の数値目標と行動計画を立て、目標を達成するために必死である。推進法施行前の数字ではあるが、「日経ウーマン企業の女性活用度調査」(2015年)では、46.6%の企業が女性管理職の人数またが比率を設定している。しかし、女性管理職に関する悩みも深い。同調査では、女性活用が進んでいないと回答した企業にその理由を聞いたところ、一番多いのは「女性管理職が育っていない」(61.4%)であり、次いで「モデルとなる女性社員がいない」(50.7%)だった。
女性管理職は一朝一夕では生まれない。日本の企業では、一般的に、入社して15年前後働き続けることが管理職に登用される前提となるが、女性の場合はその就業継続が難しい。日本では、最初の妊娠を契機として6割の女性が職場を去る。就業継続率は4割程度で、その割合自体は1980年代とさほど変わっていない。一方、大手企業では、仕事と育児の両立支援制度が整ったため、妊娠・出産で辞める女性は減ったが、それが女性管理職増加にそのまま結びつかない。「女性部下に昇進を打診したら管理職になるのが嫌だと断られた」「活躍してもらおうにも、今の仕事のままでいいと思う女性社員が多く登用できない」という声を企業の人事担当者からよく聞く。また、これと同様に、「採用段階では女性のほうが優秀なのに、30歳くらいになると伸び悩む女性が多い」という声も多い。
会社が望むように活躍してくれる女性、つまり、実力があるのは当然として、モチベーション高く働いて会社に貢献したいと思う女性、出世したいとは声高に言わないけれど、昇進もいとわない女性社員を多くするにはどうしたらよいだろう。
20代で出会う上司がカギを握る
そのカギとなるのは、キャリア初期の20代で出会う上司の存在である。その上司が、「まだ今は若くて可能性は未知数だけど、いつかはウチの会社を担ってくれる人材になるかも」と女性にも男性部下と同じように期待をしてくれるか、それとも、「女性はいつか会社を辞めてしまうだろうから、期待しても無駄だよな」と思うかで、女性人材の育成はだいぶ違ってしまう。上司が部下に期待をすれば、その部下の将来のキャリアパスを念頭に置きつつ、部下の成長を促すようなタフでチャレンジングな機会(仕事)を与えて、鍛えるようとするだろう。しかし、そもそも期待をしていなければ、そのような機会は与えられず鍛えられることもない。
女性を対象とした先行研究を見ると、同じ総合職・基幹職で採用されたとしても、男女で初任配属先が違ったり、初任配属が同じでも上司からの期待や与えられる職務が男女で違ったりということが多く見受けられる。女性部下の場合は、男性上司の「男性と同じような重要な仕事を女性はできるのか(たぶん、できないだろう)」という固定観念や、「厳しい仕事を与えてはその女性がかわいそうだ」という過剰なおもんばかりや、「セクハラやパワハラだと思われないか」というハラスメントリスクなどもあり、なかなか男性と同じ均等処遇になっていないようだ。
上司から期待され、厳しい仕事を与えられ鍛えられれば力は伸びるが、そうでなければ力はつかない。先ほどの「採用段階では優秀だが、30歳前後の伸び悩む女性」が生まれる背景には、そのような構図がある。
逆に、現在活躍している女性エグゼクティブに取材すると、必ずといっていいほど、初期キャリアの段階でよい上司にめぐりあっている。よい上司とは優しい上司ではなく、仕事には厳しいものの、温かくサポートもしてくれるタイプの上司のことだ。「最初に仕えた上司に一人前にしてもらった、彼に仕事の本質を教えられた」「あの上司に出会ってなければ今の自分はない」「『頑張ってな、期待しているよ』という上司の言葉を励みにして奮起した」などのコメントを数知れず女性たちからもらった。民間企業の女性管理職を対象とした先行研究では、「上司によるチャレンジの機会創出および仕事を任される体験」[注1]「入社して比較的早い段階での仕事の楽しみの発見やその業務をまっとうできる自己効力感や責任感」[注2]が、女性のキャリア形成に重要な要因となっている。
[注2]石黒久仁子(2012)「女性管理職のキャリア形成~事例からの考察」『GEMCジャーナル』7号
上司に必要な「3つのK」
だから、今、女性活躍の先進企業では、男性上司の育成力を重視するようになっている。女性活躍は、女性そのもののマインドセットではなく、むしろ、上司の「3つのK」あるいは「3つのき」――女性に「期待」して「機会を与えて」「鍛える」ことができる上司がどれだけいるかにかかっているということだ。
2016年3月「2016 J-Winダイバーシティ・アワード」の大賞を受賞、昨年の経済産業省「平成26年度ダイバーシティ経営企業100選」の選出に続いて大きな受賞が続き、女性活躍の社外評価が高まっているアメリカンファミリー生命保険の山内裕司社長も、「3つのK」を重視するひとりだ。入社以来23年間は数理部門という男性が多い部署にいたが、99年に事務契約サービス部門に異動し、社員1200人中8割は女性という部署を役員として任され、どうやったら女性に活躍してもらえるか試してきたという。
「その経験から女性の育成に必要と感じたのが、『3つのき』です。女性も期待されれば、『期待に応えよう』と力を出しますし、機会を与えれば意外になんでもできる。当時私が鍛えた女性たちは部長や役員に昇進して現在も活躍しています。『3つのき』は男女ともに当てはまることですが、ただ、一般的に男性の育成の場合は、上司が自然に『3つのき』を行っているのに対し、女性に対してはこれまで積極的に実践する管理職がいなかった。今後は会社も管理職も、『3つのき』を意識して女性を育成することが必要だと思います」(山内氏)
筆者が冒頭書いた、願わくば、女性新人は厳しめの上司に会いますように……というのは、「3つのK」を兼ねそなえた上司に会って成長できますようにという意味である。そしてこの連載を読んでいる管理職の皆さんは、女性部下が配属されたらそのようにして育ててほしいと思う。それが自社の女性活躍の推進に寄与することになるからだ。
日経BPヒット総合研究所長・執行役員。日経BP生活情報グループ統括補佐。筑波大学卒業後、1984年日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。1988年日経ウーマン創刊メンバーとなる。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2014年より現職。同年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師(キャリアデザイン論・ジャーナリズム論)。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。経産省「ダイバーシティ経営企業100選」サポーター。所属学会:日本労務学会、日本キャリアデザイン学会他。2児の母。編著書に『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』『なぜ、女性が活躍する組織は強いのか?』『女性活躍の教科書』(いずれも日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。
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