「遺産分割は妻に一任」 信託ならできる弁護士 遠藤英嗣

「近ごろ、妻から『お父さん、遺言を書いてくださいよ』と言われます。だから私は『お前にすべて任せるから』と言っているんです。『財産分けはすべて妻に任せる』と遺言しておけば争いはなくなると思うのですが、どうでしょうか」。最近、税理士の方からこのような質問を受けました。

私は、即座に「そのような遺言は、家族全員が仲良かったとしても避けた方が無難です。後から無効だと主張されることも少なくありません」と返答しました。

自分の思いを実現するための遺言

遺言は自身が長年にわたって築き守ってきた大事な財産を、誰にどのように配分して残し、後世に役立たせるかということの意思表示です。この意思の表示によって本人の思いを残し、相続する人に対する気持ちを表すのです。

そのため遺言は、親身になって支えてくれた配偶者や自分に尽くしてくれた人に対して資産を残すことで、その恩に報いるということが作成の目的の一つになります。

民法では共同相続人の相続分を定めており、これを「法定相続分」といいます。しかし、様々な事情を勘案した結果、法定相続分が実現されたとしても公平な配分にはならない場合が少なくありません。この「法定相続分の修正」のために遺言を作成するのです。

もちろん、遺言は自分の思いを実現するものですが、相続対策のためというのも作成の目的の一つです。いわゆる「争族」、すなわち「相続をめぐる無用な争い」をなくすための対策としても活用できます。

では、第三者に委託して遺言の内容を決めてもらい、その内容を実現する手法はないのでしょうか。

実は民法には、2つの規定があります。

(1)被相続人は、法定相続分等の規定にかかわらず、遺言で共同相続人の相続分を定めることを第三者に委託することができる(民法902条1項)

(2)被相続人は、遺言で遺産の分割の方法を定めることを第三者に委託することができる(民法908条)

これらの規定を見て、第三者にかなりのことを委託できそうだと考えてしまう人もいそうです。しかし、規定の中身はこうです。

(1)は「遺留分を侵害しない範囲において、法定の相続人に対する個別の遺産の相続割合を指定すること」とありますし、(2)は「第三者に委託できるのは遺産の分割の方法」だけです。「遺産の分割の方法」とは一般には、法定相続分を変更せずに「現物分割」「代償分割(債務負担による遺産分割)」「換価分割」のいずれかの方法を指定をすることだといわれています。

この2つの規定を考えると、「遺産をもらう人は誰でもいいから、自由な判断で遺産分けをしてほしい」ということを第三者に委託できるものではないと考えられます。さらに、委託できるのは「第三者」ですから、冒頭の質問のケースで考えると、財産をもらう立場にある奥様は一般的には第三者とはいえないでしょう。ただ、この点については違う考え方もあります。

特定性が問題に

遺言は本人が実現したい遺産の配分などを決めて作成するものです。つまり、本人が死亡したときの相続財産を「誰に」「何を」「どれだけ」残すのかを決めることです。問題はこの3要素について、本人がどの程度、特定しておけば第三者に一任できるのかということです。

法律用語ではありませんが「代理遺言」という言葉があります。わかりやすくいうと、「代理人による遺言」のことですが、実は現行の法制度では認められていません。公正証書遺言は公証人が作成しますが、遺言者の「代理人」として作成するのではなく、あくまで遺言者の嘱託により遺言者の「口述」に従って作成します。

「妻にすべてを任せる」というのは、受遺者である相続人の一人(妻)に遺産の配分を一任するというものであり、妻を代理人として「誰に」「何を」「どれだけ」残すかを決めてもらうことです。

これは民法902条第1項や908条が定めている「個別の遺産の相続割合を指定する」ことや「遺産の分割の方法を決める」ことではなく、もう一歩踏み込み、まさに代理人を立てて遺言を実現するのと同じことに当たるため、法的には不可能と判断できると思います。

それでも、「自分以外の誰かに遺産分けについて決めてもらいたい」と考える人は決して少なくありません。

私が公証人をしていた頃、ある専門職の人から「『遺言執行者が遺産を受け取る人を任意に複数人選び、かつ遺産の配分の割合なども遺言執行者が任意に決めることができる』という内容の遺言を作成できますか」と聞かれました。私は「受遺者が特定されていないし、分割方法も決まっていないので作成できません」と答えた記憶があります。

最近も「残った遺産については、先生に一切をお任せします。遺言執行者もやってください」という相談がありました。遺言者が「誰に」「何を」「どれだけ」残すかの3要素について、どの程度特定しておけば第三者に一任できるのでしょうか。

確かに、受遺者の選定を遺言執行者に委託するという内容の遺言が有効とされた判例もあります。この事例では遺言の中に「公共」の中から受遺者を選ぶようにとあったため、国または地方公共団体などと理解してよいと判断された事例でした(最高裁1993年1月19日判決)。

この最高裁判決を参考にするなら、受遺者をある程度特定した上で遺産の全部または一部の遺贈について遺言執行者に委託することは可能と解釈できる場合もあるといえます。

10年ほど前、私が公証人に任官した当初、80歳代の女性の方から「iPS細胞の研究機関または研究者に私の遺産を遺贈する」という遺言の嘱託を受けたことがありました。私は恥ずかしながらiPS細胞についての知識がなかったのでインターネットで調べた覚えがあります。しかし、受遺者を絞って遺言にしたためた記憶がないので、80歳代の女性に言われた通り、具体的に受遺者を特定せずに遺言を作成したのだと思います。

「財産甲と乙とを、受遺者AB両名の希望を聞いて、遺言執行者の任意の判断で遺贈する」という遺言を作成したこともありました。

いずれの場合も、特定性の問題はクリアしていると思っていますが、後者の場合、遺言執行者の責任が重いので「希望が重なる場合はA、Bの順序で選択するものとする」との安全規定を置いてもらうことにしていました。

受遺者を指定できる権利

では、「残った財産を誰に残すのか私には決められない。遺言執行者の弁護士に一切を任せたい」と希望した場合、どのようにすれば実現できるのでしょうか。遺言では実現できませんが、「家族信託」を使えば実現できるのです。

信託には「受遺者指定権者」という制度があります。この制度は、「受益者指定変更権」を持つ人を定めておく信託、つまり、誰を次の受益者にするか、残余財産受益者などを誰にするのかを委託することができる信託です(信託法89条)。

遺言信託や遺言代用信託契約で受益者を決めても、その人が受益者にふさわしいかどうかは、財産を託した人(委託者やその配偶者である第2次受益者)が死亡後はわからないというケースもあるからです。冒頭のように委託者自身が、誰に財産を承継させたらいいのか決めかねる場合にも、この制度が活用できるのです。

受益者指定権のある信託の場合、第三者は妻でもよいのです。冒頭で説明した相談者の先生の場合、第三者(家族でよい)と信託契約を締結し、契約が発効するタイミングを「本人の死亡時」または「後見、保佐開始、任意後見監督人選任の審判があったとき」とし、契約条項の中で、妻を「受益者を指定し変更できる権限を有する者」と定めます。

さらに「受遺者指定変更権者である妻は、遺留分を侵害しない範囲で、任意に相続人から残余財産受遺者等を選定し、これらの者に任意の判断で給付する財産を決めて引き渡しすることができる」と定めて、すべての残余の信託財産(遺産)の配分などの権限を妻に付与することもできるのです。

民法では実現できないことが、信託法ではできるという一例として紹介しました。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。
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