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睡眠

睡眠中に手をガブリ、その理由とは

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/5/3

PIXTA
ナショナルジオグラフィック日本版

先ごろ、「豚足を食べている夢を見ながら自分の手を囓(かじ)った男」というジョークのような中国発のニュースが話題になった。人口が多いとさまざまな珍事が起こるものだなと感じた方も多いと思うが、実は寝ている間にこの男性のように不可思議な行動を取ってしまう人は中国に限らずかなり多い。一般的な睡眠障害外来であれば週に一人くらいは新しい患者さんが受診するほどポピュラーな症状なのである。

とはいえ、今回の「豚足ガブリ」を医学的に見れば首をかしげる部分も見受けられた。そこで、この男性に本当はいったい何が起こったのか考察してみたい。意外と多いこうした行動への理解を深めるとともに、睡眠障害の診断プロセスの一端を理解していただくよい素材と思ったからである。ごく短い記事であったが経過を要約すると以下の通り。

浙江省に住む20代の男性がいとこの家を来訪して飲酒し、そのまま宿泊した。翌朝、自分の左手首を囓って血を流しているところを発見され、大声で呼びかけても反応が鈍いため病院に担ぎ込まれた。後に本人が語るには「豚足を食べる夢を見ていた」。夢の内容そのままに行動していたわけである。「これまでにもあった。生まれつきの夢遊病者と言われている」

このように情報はとても少ないが、幾つかの睡眠障害を連想させる大事なキーワードが隠されている。

睡眠障害というと、不眠症のように睡眠が短くなったり浅くなるなど、睡眠の質が低下する病気というイメージをお持ちの方が多いと思うが、それは睡眠障害の一部に過ぎない。ほかにどのような睡眠障害があるのかざっくりと分類してみる。

■睡眠障害を3つのタイプに分けてみると

睡眠障害は症状のパターンから大きく以下の3タイプに分けられる。

1つ目は、睡眠そのものに異常が生じるタイプ。不眠症のように睡眠の量や質が低下するもの、昼夜逆転のように睡眠リズム(睡眠時間帯)が崩れるものなどがある。

2つ目は、日中にしっかり目覚めることができないタイプ。夜間に十分に眠っても日中に強い眠気で悩まされる過眠症などはその代表だ。

そして3つ目が、睡眠そのものは正常だが、睡眠中に異常な現象が生じるタイプ。徘徊(はいかい)や興奮などの異常行動、呼吸が止まる、痙攣(けいれん)やピクツキなど筋肉の異常な動き、頭の中で爆音がしたり手足がムズムズするなどの異常感覚、動悸(どうき)や発汗などの自律神経症状、パニック発作で目を覚ますなど多種多様である。いずれも症状が長引くと、結果的に睡眠の質が低下してしまう。

先の「手を囓る男」は、この3つ目のタイプの睡眠障害に属する。このタイプの睡眠障害だけでも何十種類もあるが本人が語った「夢遊病」も確かにその1つ。

夢遊病という名前はよく知られているが、正式には「睡眠時遊行(ゆうこう)症」と呼ばれる。名前の通り睡眠中にもかかわらずベッドから起き上がり、障害物を巧みによけて歩き回る、トイレのドアを開け閉めするなどまるで目が覚めているような行動をする。眠りが浅いように思うかもしれないが、実際には深い睡眠(←ココ大事)の真っ最中に動き回っている。そのためこの男性のケースのように、大声で呼びかけたり揺さぶったりしてもなかなか目覚めない。当然ながら、目覚めた後には自分の行動を全く憶えていない。夢遊病は子供に多いがまれに20代でもみられる。

いかがだろうか。ここまでは実に「らしい」。しかし残念なことに、夢遊病では「豚足を食べている夢を見ながら自分の手を囓った」というこの最重要ネタの説明がつかないのである。

(イラスト:三島由美子)

夢遊病には「夢」という字がつくためレム睡眠中に生じていると誤解されやすいが、先ほど説明したように深い睡眠中、つまりノンレム睡眠中に生じている。これは日本語訳がまずいのであって、睡眠時遊行症(sleep-walking)の方が適切な名称。夢は必ずしもレム睡眠の時だけ見るわけではないのだが(「夢はレム睡眠のときに見るのウソ」)、深い睡眠中にリアルな夢を見てその内容通りに豚足ガブリとなる可能性はごくごく低い。

となると次に挙がる候補は「レム睡眠行動障害」である。名前の通りレム睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害である。

レム睡眠中は骨格筋(自分の意思で動かせる筋肉)が弛緩するため、どんなドラマチックな夢を見ても体は動かないように調整されている。ところがレム睡眠行動障害ではこのオフシステムが働かず、夢の内容通りに行動してしまうのである。泥棒と格闘する夢を見て隣で寝ているベッドパートナーを殴ったり、蹴飛ばしてしまうこともある。「先生は睡眠中だったとおっしゃいましたよね。でも、脇腹とほっぺたの2カ所ですよ(怒)そんな都合良く横にいる人間を蹴り飛ばせるものでしょうか!」と患者である旦那を睨みつける奥さんがいるほど、眠っているとは思えないようなまとまった行動をとる。

ということでレム睡眠行動障害であれば豚足ガブリくらいは簡単に起こり得るのだが、やはり確定診断するには首をかしげざるを得ない点がある。1つはレム睡眠行動障害は圧倒的に高齢者に多い病気で、若年者では極めてまれ。ましてや「生まれつき」という例は聞いたことがない。

もう1つは「血が出るほどの痛みでも目を覚まさなかった」点である。これが痛い、いや診断的に。レム睡眠行動障害は見かけは激しくてもつまるところ普通の睡眠中に生じているため、刺激を与えるとすぐに目覚めさせることができる。ましてや血が出るほど噛んだり、親戚の声かけや救急搬送中にも眠り続けられるはずがないのである。

では一体何の病気だったのか? 残念ながら限られた情報からこれ以上の診断をつけるのは難しい。専門的になるが、ノンレム睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害には他にも、錯乱性覚醒、睡眠時驚愕(きょうがく)症(夜驚)、睡眠関連摂食異常症などがある。またレム睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害には反復性孤発性睡眠麻痺、悪夢障害などがある。個別に解説する紙幅がないが、いずれもピタリと症状がマッチする疾患はない。

睡眠障害以外にも、てんかん、せん妄、アルコール性健忘などいろいろな可能性が挙げられる。このように「睡眠中の異常行動」といっても原因となる疾患はさまざまある。睡眠障害外来に受診したとすれば、在宅での睡眠状況を詳細にモニターした上で、睡眠ポリグラフ検査などを実施することになるだろう。

■私の深読みは……

最後に私の深読みを披露するとこうだ。

男はいとこと久々に歓談して深酒をしてしまった。慣れない就寝環境とアルコールの影響で明け方にレム睡眠行動障害が生じて豚足ガブリをやってしまった。(楽しくても悲しくても)心が動かされるライフイベントがあった晩はリアルな夢を見てレム睡眠行動障害が起こりやすい。飲酒もトリガーになる。

アルコールによる鎮痛効果もあったため深く噛んでしまった。さすがに痛みで目が覚めると、左手首が血だらけでびっくり。シーツを血で汚してしまいマズイと思ったがひどい二日酔いで気持ちが悪く起き上がれずそのまま二度寝をしてしまった。朝になりいとこが朝食に呼びに来た。ドアを開けるとそこには寝乱れた男と血の付いたシーツ。新品の下ろしたてに深紅は映える。「あー、なんだこれ。血だよ かあさん、これ見てくれよー」そう叫ぶいとこの声でうっすらと目を覚ます男。ドタドタと駆けつける親戚一同。そう言えばこのいとこはセコいヤツだった……実にマズイ。

どうしたの。叔母から揺さぶられるも気まずさと二日酔いでうーんとうなって返事をせずどうしたものかと思案しているうちに事が大きくなった。病院に担ぎ込まれた頃には後には引けない状態に。点滴されて、もう一寝して二日酔いが覚めた頃にはさすがに寝続けるわけにもいかずむっくりと起き上がる男。その後の問診には「分かりません、記憶にありません」としか答えるしかなく、でもふと保健体育で習ったことを思い出し「そう言えば小さい頃から夢遊病だって言われていました」。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年3月3日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
価格:1,512円(税込み)


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