60歳までとそれ以降では、仕事のやり方も変わってきた。以前は注文を取ろう、手数料を稼ごうという意識が強かったが、今は顧客と会って話すこと、それ自体が楽しい。顧客の自宅を訪問し、庭の樹木や草花について語り、趣味や健康について語り、仕事の話は最後の最後。それでも営業成績は支店の真ん中より下になることはない。シニア層の顧客にとって、年齢が近い鶴野さんは良き相談相手であり、安心して自分の資産を託すことができるのだろう。気になる給与だが、月給は定年後、それまでの6~7割程度になるが、賞与は変わらない。鶴野さんのように実績が上がれば、年収で1000万円超を維持することも可能だという。

長い証券人生、失敗もたくさんした。宮崎支店時代、甲子園常連校の余資運用を任されたものの大損し、野球部の専用グラウンドの建設資金が吹っ飛んでしまった。東京都内の自由が丘支店時代には信用取引で薦めた銘柄が暴落し、3000万円の資金が数日で10分の1になってしまった。鶴野さんは、神戸支店の若手がアドバイスを求めてくれば、気軽に応じている。支店長の貝沼氏は「鶴野さんは若手社員にとって、自分の将来像を描くうえでモデルの一つ」と指摘する。若いうちは夢もあるが、全員が役員になれるわけではない。それなら生涯一営業マンとして、好きな土地で70歳まで働く。こんな人生もありだろう。貝沼さんも最近、「鶴野さんのように70歳まで個人営業の仕事をしたいと思うようになった」という。

日本の会社では、かつてに比べ若手社員の出世願望が小さくなっていると聞く。気持ちをゆったり持って、あせらず、細く、長くコツコツ働く。こんな生き方に共感する若者も多いのではないか。

(編集委員 鈴木亮)=肩書は取材当時

「キャリアコラム」記事一覧

管理職・ミドル世代の転職なら――「エグゼクティブ転職」

5分でわかる「エグゼクティブ力」
いま、あなたの市場価値は?

>> 診断を受けてみる(無料)

「エグゼクティブ転職」は、日本経済新聞社グループが運営する 次世代リーダーの転職支援サイトです

NIKKEI 日経HR