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Why Japanese business!? 二足のわらじで世界広く 「厚切りジェイソン」こと ジェイソン・ダニエルソン氏(下)

2016/4/28

 お笑いタレント「厚切りジェイソン」として、そしてIT企業テラスカイの幹部として活躍するジェイソン・D・ダニエルソン氏。最初に入社した米ゼネラル・エレクトリック(GE)グループでは、有名なリーダーシップ・トレーニングに選抜されたものの、堪能な日本語を生かせる環境を求めて会社を辞めた。

<< 厚切りジェイソン(上) Why Japanese business!? どうして僕がニッポンに

 GEグループを辞めた僕は「日本法人を立ち上げるから日本語の話せる人が欲しい」という会社に転職し、そこで働くことにしました。実際に日本で働けるようになったのは、それから1年後。日本法人の立ち上げと同時に、やっと日本に来られました。

「厚切りジェイソン」ことジェイソン・D・ダニエルソン氏

 それ以前にも、少しだけ日本に住んでいたことがあります。最初に来たのは、まだ大学生だった2005年のこと。1年間、企業の研究生として神奈川県の厚木市に滞在しました。

 嫁に出会ったのも、その時です。20歳で学生結婚して、いったんアメリカへ帰国。大学を卒業してから就職するなどして再来日しています。

 就職する時、学生結婚していることは問題にならなかったか、ですって?

 なりません。面接でそんなことを聞いたら、アメリカでは訴訟モノですよ。履歴書に家族構成まで書かなくちゃいけない日本は不思議です。

■ショッピングセンターで「お笑い」のチャンスをつかむ

 転職先の日本法人立ち上げと同時に、僕は24歳でその支社長になりました。ところが、入った会社が大手に買収されることになり、再び転職することに。

 その頃にはもう、肩書とかはどうでも良くなっていました。「これが人生か?」「それで満足できるのか?」と考えたら、ぜんぜん、満足できないと思った。

 人生ってなんだろう、僕ができることってなんだろうって、悩み始めました。

 その頃、家の近所のショッピングセンターで毎月、お笑いのイベントをやっていることを知り、見に行きました。それがきっかけで、お笑いの養成所に通うことになりました。

 日本ではよく「二足のわらじを履くなんてすごいですね」とも言われるけれど、これはおかしい。1つのことしかやっちゃダメと言われているように聞こえる。

 僕が養成所に通ったのなんて、土日だけです。同じように養成所に通う人の中には、耳鼻科の院長とか、仕事を持って働いている人もいました。

 どうして、会社員だけ、ほかのことをしちゃいけない?

 仕事だけの人生で、みんな、満足ですか?

 アメリカには、趣味でスタンダップコメディーをしている人はたくさんいますよ。

 アメリカで出世競争している時だって、僕は定時で帰っていました。

■二足のわらじを履くからこそ広がる世界がある

 14年に芸人としてデビューしてから、僕は会社の仕事も芸人の仕事も、どちらも100%のエネルギーを注いでやっています。

 会社ではアメリカ法人の副社長として、日本で作った製品を海外に売る仕事をマネージしています。アメリカに部下が2人いますので、現地時間に合わせて僕も働く。今はサマータイムだから、日本時間の午後10時が、ニューヨークの午前9時半。だいたい、その時間に合わせて電話会議をしています。

 朝のテレビ番組にレギュラー出演し、夜はアメリカと電話会議。「大変ですね」って言われますけど、ぜんぜん。終電まで飲み会しているのと、変わらないんじゃないですか?

 僕は収録が始まるのを楽屋で待つ間にIT系の仕事をしたり、会社の出張で飛行機に乗っている時にネタを考えたり、いつも、2つの大きなことを同時進行しています。どちらの仕事も真面目にやるし、ある意味、仕事が気分転換にもなる。

 芸人の仕事をすることによって、会社にいるだけでは磨けないスキルも身につくし、それを会社の仕事で生かせます。まだ「得意」とは言い切れないけれど、人前でしゃべるのはぜんぜん、怖くなくなりました。

 以前はこれでも緊張していたんです。だけど、芸人として活動するようになってから、人前で話すのにも慣れてきた。数百万人が見ている生放送の番組に出演するのと、数百人の前でプレゼンするのは同じです。

 日本語を間違っちゃいけないと思ったこと?

 それはないね。なんで間違っちゃいけないの?

 完璧な人間なんていないんだから、伝わるまで話し続ければいい。「なんだっけ」「どう話すんだっけ」って考えていると、バカに見える。頭に浮かんだ言葉から次々と話していった方が、賢く見えるよ。

■僕の野望は日本を変えること

 テラスカイのことは、入社前から知っていました。クラウドコンピューティングの業界でいうと、日本で一番強いベンダーかなと思った。IT関連のイベントで佐藤(秀哉)社長と会い、親しく話すようになって「これからアメリカで展開するなら一緒にやれそうですね」という話になりました。

 そうして入社したのが、12年4月です。

 日本で仕事をしていて難しいなと感じるのはスピード感ですね。とにかく遅い! 最初から完璧なものを出そうとして、何年も、何年も悩んでいる。そんなに悩んでどうするの、っていうくらい。

 製造業だったらそれでもいいかもしれないけど、ソフトウエアだったら、とりあえず市場に出す。そして、反応を見ながら修正していく、の繰り返しだから。完璧になるまで製品化しなかったら、ぜんぜん進んでないじゃん、と思われる。

 投資もそう。100%のリターンが見込めないとゴーサインを出さないなんてやっていたら、世界からどんどん遅れちゃう。いいもの作った、じゃあ、さっさと市場に出して、試して、反応見て、機能増やして、お客さん集めて、としないと。

 これ、お笑いと同じですよ。試して、反応見て、どう直すのか。すべては実験です。ビジネスも、人生も。

 利益を考えるのは後でいい。日本は逆で、最初から利益を出さないとダメだと思っちゃうから、勝てなくなる。

 だから、言いたい。Why、ジャパニーズビジネス!!

 嫌われたって、僕は言い続けるよ。日本が変わる日まで。だって、それが今の僕の野望だから。

 「人生とは何か」で悩んだ時、出てきた答えが「人に影響を与えること」だった。有名になりたかったわけじゃないけれど、せっかく僕に注目が集まったから、この注目で何ができるのか、を考えた。

 僕がこうやって話すことで日本に刺激を与えられたらいいし、それで歴史の流れを変えられたらいいじゃないですか。

 名前なんか、残らなくてもいいよ。だって、数万年先はみんな死んでいるからね。

ジェイソン・D・ダニエルソン氏
1986年、米ミシガン州生まれ。飛び級でミシガン州立大学へ入学し、コンピューターサイエンスを学ぶ。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校へ進み、エンジニアリング学部コンピューターサイエンス学科修士課程修了。米国企業の日本法人支社長等を経て、2012年、テラスカイ入社。14年から「厚切りジェイソン」の名でお笑いタレントとしても活躍。著書に「日本のみなさんにお伝えしたい48のWhy」(ぴあ書籍)がある。

(ライター 曲沼美恵)

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